僕が落ち込んだとき、空はいつでも味方だった。

はじめに

はい、こんにちは。

かめれもん★です(^^ゞ

今回は、いつもと少し違う雰囲気ですが、空を見上げることについて考察してみようと思います。

わたしは、小さい頃から、何かが起こる度に、いつでも空を見上げていました。

その度に、心を何度も救われました。

この記事では、空に対する考察(エッセイ調)に加え、空を見上げることの効果や心理についても考えていきたいと思います。

それでは、始めていきます。

空を見上げると、いつでも安心感があった

わたしは、幼い頃から、何度も災いというか、色々なことを経験してきました。

例えば、いじめとか、HSPならではの細かい気配りや気疲れなどですが、その度に、よく空を見上げたものです。

自分はなんで生きているのだろう。

周りの人たちはそんなこと考えていないのかな。

空を見上げると、帰る場所があるような気がして、泣きながら、日々生きていたのを思い出します。

もちろん、そのことで色々なことを学べたので、このブログでは、そのような経験をもとに、発信活動を続けております。

空を見上げると、自分が小さいことで悩んでいたと、気づく

空を見上げているとですね、自分はなんて小さいんだと、多くの人が気づくはずです。

様々な人間関係が、繰り広げられる現代社会のなか、いつでも空は様々な顔を、天気として表現しています。

何かが起こり、心が傷ついたとき、空は人の心を軽くしてくれる、鳥のように純粋な心を思い出させてくれる

そのような効果や、心理があるのだと思います。

空を見上げたときの安心感が、この社会にも必要

空を見上げたとき、なんとなく安心感があるような気がします。

これは、わたしだけなのでしょうか。

多くの人が思うことなのではないでしょうか。

現代社会に生きていて、心身ともに疲れた人は、たまに空を見上げたくなる心理があるようです。

おそらく、これは、誰もが感じたことあるのではないでしょうか。

この働きは、詩にも言えることかもしれません。

人は疲れて、行き場を失ったとき、なにかふるさとのような場所、または心の拠り所を必要としている気がするのです。

皆さんに、わたしがささやかに述べたいことは、たまに公園とか、人通りが少ない場所で、できるだけ空を眺めてみるのも、よいのだと思います。

空は、わたしたちに安心感を与え、発展ばかりが、正義ではないと、人間の狭い考え方だけが、すべてではないと、教えてくれるのだと思います。

それでは、まとめに入ります。

おわりに

空は、わたしたちをいつでも、見守ってくれている気がします。

空は、もちろん、人ではありませんが、見上げたときのあの安心感はなんなのでしょうか。

空は、わたしたちが遠いところを探検して、迷子になったときに帰れる我が家のような場所です。

たまに、そのような自然の心を、人は思い出す必要があるのでしょう。

詩にもそれは言えることであって、もしかしたら、そのような人々が拠り所とするものや存在は、幾つもあるのかもしれませんね。

それでも、空を見上げることには、特別ななにか感情があるような気がします。

皆さんも、たまに空を見上げてみましょう。

わたしも、たまに空を見上げて、不思議な気持ちになってみようと思います。

それでは、わたしはこの辺で。

ここまで見ていただいた皆様方、どうもありがとう(^_^)/~

かめれもん★でした(^^ゞ

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