ユングの集合的無意識を、シンプルに深く考察!

はじめに

はい、こんにちは。

かめれもん★です(^^ゞ

今回は、ユングの集合的無意識について、わかりやすく解説していければ、と思います。

正直、これを分かっていない方は、大多数だと思います。

わたしも正直、完全には分かっていません。

けれども、個人的な考察で、感覚的に分かるものがあればなあ、と思って書いていきます。

この記事の内容は、以下のようになっております。

ユングの集合的無意識って、どんなもの?とか。

そもそもユングって、どんな人?とか。

わたしが考える集合的無意識の具体的かどうかは分かりませんが、事例を挙げておきたいと思います。

事例があるだけ、なんとなく内容が飲み込みやすいかと思われます。

それでは、始めていきましょう!

ユングが提唱した集合的無意識とは、どんなもの?

これはですね。

簡単に言えば、世界と繋がっている感覚とでも言いましょうか。

世界と繋がっている、なんだそれ?

と思うかもしれません。

しかし、これは実際、普通にあることだと思います。

わたしは世界と繋がっているとき、ものすごく安心感があって、時代の流れに身を任せている感覚があります。

あと、詩を書いていくときに、詩人と呼ばれる人は、集合的無意識に到達している人が大半かと思います。

そして、その意識で書かれた詩は、ほんとのことだな、と思うし、読んでいて安心感や、面白いといった感覚が生まれるようです。

芸術とかも、そうかもしれませんね。

それでは、そんな概念を提唱したユングとは、いったいどんな人なのでしょうか?

ユングとは、どんな人?

ユングは、フロイト・アドラーと並ぶ、心理学の3大巨頭の内の1人です。

無意識、深層心理に興味があったみたいですね。

日本で、ユング心理学が親しまれているのは、日本でかつて有名だった河合隼雄氏の影響が強かったからだと思われます。

超心理学にも、メスを入れており、現代のスピリチュアルにも通じるところが多少あると思われます。

いずれにしても、ユング心理学はユングとともに、日本に親しまれる要素があったようです。

続いて、集合的無意識の3つの事例について、述べていきたいと思います。

集合的無意識の3つの事例

閃きは、自分の力で降りてきたのか

人は閃きが生まれたとき、自分が生み出したんだと思う方が、大半かもしれません。

しかし、自分がコントロールして、閃きが生まれたという人は、一部の霊能者くらいではないでしょうか。

閃きが生まれるとき、それは自分に必要だったからではなく、世界が必要としていたから、と思うのはどうでしょうか。

そうすれば、閃きが生まれたことに傲慢にならずに、逆に世界にその閃きを使って何ができるだろうと考えることができると思います。

国境を越えても、人と理解し合える

国境を越えて、人と理解し合えるのは、なぜか。

言葉も文化も違うのに。

それは、同じ人間だから、です。

もっと、深く言うと、同じ存在している何か、だからです。

だから、人類は、分かり合えないと思っても、結局同じ人間だから、普遍的に通じる何かはある、ということです。

物にも命があり、与えたものが返ってくる

さて、これは、アニミズムの話にもなってくるのですが、人類が皆、繋がっている何かがある、とすれば、これは人類だけの話なのか、という疑問が生まれませんか。

実は、おそらく、その通りです。

試しに、物を思う存分、傷付けてみましょう。

もちろん、想像の中で構いません。

すると、あまりいい気分にはなりませんよね。

実際、わたしも物を傷付けたとき、自分に災難が降り掛かってくるのです。

これは、自分だけの話ではなくて、どうやら家族も同じようなので、皆さんもぜひ気を付けてみてください。

つまり、物とも繋がっているから、自分に跳ね返ってきた、とも言えませんか。

ちょっと無理がありますかね(笑)

それでは、まとめに入ります。

おわりに

ユングの集合的無意識は、普遍的無意識と呼ばれます。

スピリチュアルでは、天と繋がっているという言い方もできるかもしれません。

創作するとき、人は必ず集合的無意識に力を借りていると思います。

そうでないと、いい作品は生まれないと思います。

日本人は、もともとスピリチュアルな能力に秀でた民族だと思います。

例えば、神道やアニミズムなどは、今でも信じられているのではないでしょうか。

そういったものと、親和性が高いのですね。

閃きも、自分一人の力ではないはずです。

そして、人類は同じ人間だから、いつか理解し合える要素は既にある

アニミズムのように、物を傷付けたら自分に返ってくる

これは、人にも言えることです。

なぜなら、すべては、既に繋がっているからです。

それに気づいていない方は、それに気づく旅路を、これから歩んでいくでしょう。

いつか気づいたとき、それはすべての存在が、幸福に満ちているときと、言えるでしょう。

なんか、神秘的な話になってしまいましたが、この辺で、終わります。

かめれもん★でした(^^ゞ

また、お会いしましょう!(^_^)/~

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