韻文と散文の違いを、シンプル解説。 ~韻文の良さを知ろう~

はじめに

はい、こんにちは。かめれもん★です(^^ゞ

今回は、韻文と散文の違いについて、述べていきたいと思います。

韻文の良さにも、注目していこうと思います。

この記事の構成は、まず、韻文と散文の違いを、シンプルに述べていこうと思います。そして、散文的になると、どうなるの?ということについて、韻文の良さについて、言及していこうと思います。

それでは、始めてまいります。

韻文と散文の違い~シンプル解説~

まず、散文ですが、これは力を抜いてさらさら書かれたような文章と言えると思います。

つまり、心はほどほどに込もっています。

多くの人に親しみのある文章の形式と言ってもよいと思います。

フィクションよりも、ノンフィクションに向いているとも言えるかもしれませんね。

続いて、韻文ですが、すべての言葉に心が込もり、力も込もっている作品が多いと思います。

これは圧倒される形で感じられる、と思います。

逆に力が込もっていなくても、魂が込もっている作品はあります。

これはしっとり心に沁み込むような韻文になります。

そして、リズムや音の流れがきれいで音楽性のある文章とも言えるかもしれません。

つまり、散文は長距離走や、長めの文章に向いていると言えそうです。

一方で、韻文は短距離走のようなもので、爆発的で情熱的な踊りのようなものを言うと思います。

続いて、散文的になるとどうなるのか、について話していこうと思います。

散文的になると、どうなるの?

散文的になると、味気がなかったり、真剣に読むには物足りないところがあるように感じます。

なぜなら、心が込もっていないので、言葉に深みがないからです。

多くの人たちは、散文的に書いた方が書きやすいと思われるかもしれませんが、それでは読み手に、ほんとうの教養というか、味わい深さは与えられないと思います。

それに、書いている方も楽しくないと思います。

韻文を書いている方が、作品を創っている感じで、楽しめると思います。

例えば、散文的な人がいたとして、その方は普通の一般人のようなものです。一方、韻文となると、個性的で特殊かつかけがえのない人になり得ると思います。

最後に、韻文の良さについて、言及していこうと思います。

韻文の良さとは?

韻文の良さといえば、読んだ人に豊かな人間性を育めるという点だと思います。

なぜかというと、本来人は詩的な生き物とわたしは考えるからです。

だから、韻文のような人間本来の生き方に沿ったエネルギーを、詩などでもう一度思い出すことによって、人は改めて、自分の良さに気づいたり、生きようというエネルギーを知らず知らずに蓄えることができると思うのです。

韻文というのは、読めば読むほど、人の人間性を育み、やがてそれがその人のアイデンティティとして、人に知られていくようになるのです。

韻文の良さというのは、一見気づきにくいものです。

しかし、わたしのような詩を愛する人からすれば、それは大切で人が生きていく上で、芸術的な響きを持つ形式なのです。

それでは、まとめていきます。

おわりに

いかがでしたでしょうか。

韻文と散文の違いは簡単に言うと、短距離走に向いているか、長距離走に向いているかの違いです。

だから、どちらにも長所があるのです。

しかし、現代は散文的なものが多いと思います。

長距離走や短距離走があって、陸上も活気があるように、散文だけでなく、韻文も楽しいものです。

書いている人も、読む人も、どちらもより豊かにしていける可能性を持っているのは、韻文だと思います。

だから、世間にもっと、散文の良さが伝わればいいなあ、と思います。

それでは、わたしはこの辺で。

他に詩論や、人生をより豊かにする記事を書いていますので、よかったらチェックしてもらえると嬉しいです。

ここまで読んでいただいた方々、どうもありがとう~(^_^)/~

かめれもん★でした(^^ゞ

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