推敲とは、ツッコミである。推敲をうまくする3つの方法も紹介。

はじめに

はい、こんにちは。かめれもん★です(^^ゞ

「推敲の意味を楽しく捉えたい」

「推敲をうまくするための方法で、参考になるところはないかな」

これらのようなことをお考えの方たちに、おすすめの記事となっております。

推敲の新しい理論と、推敲をうまくする3つの方法の2本立てで書いていこうと思います。

目次は、以下の通りです↓

推敲とは、ツッコミである。

推敲をうまくする3つの方法

その1:詩を書いて、推敲を繰り返す。

その2:レビュー記事、もしくはまとめたものを作成

その3:文章等を書いてて無理なく続けることができるなら、続ける。

目次

僕は、発信活動を続けて、2年くらいになります。

参考になるところが少しでもあるよう、精一杯書いていきたいと思います。

それでは、始めていきましょう。

推敲とは、ツッコミである。

推敲とは、お笑いで言うツッコミであるということについて、述べたいと思います。

なぜ、推敲をツッコミと言うかというと、推敲は、まず作品を大雑把に作ってから、何度も練り直し、作り上げる作業だからです。

つまり、何度も練り直すときに、批評眼というものが必要になってくると思うからです。

批評眼は、ツッコミに似ている、と僕は思っています。

例えば、文章を推敲するときに、この部分をこう直すために、こういうツッコミを入れてあげよう、という感じで推敲していくのです。

客観的に、冷静に、ボケに対して、的確なツッコミを入れられると、美しい文章ができあがり、書くことが楽しくなってくるのではないか、と思います。

何かを書くにしても、推敲するにしても、苦しい思いをしながら作業を行うことは少し違うのではないか、と僕は思っています。

なぜなら、僕の経験上、作品を熱量を持って作りすぎたり、推敲をし過ぎると、空回りすることが多いからです。

つまり、作品を作ったり、推敲したりするときは、自分の負担にならない程度に、無心に、リラックスして、パフォーマンスを発揮し続けることが大事だと思います。

推敲とはツッコミというイメージは、推敲に取り組む際の緊張感を解きほぐし、リラックスして楽しんでパフォーマンスの高い作業を行うためのちょうどいい考え方だと思われますので、よかったら参考にしてもらえるとうれしく思います。

次に、推敲をうまくする3つの方法について、述べたいと思います。

推敲をうまくする3つの方法

その1:詩を書いて、推敲を繰り返す。

推敲をうまくするために、詩を書いて、推敲を繰り返すとよいのではないか、と思います。

なぜなら、詩は嘘偽りのない言葉が妥当だからです。

そのことによって、推敲する点を初めから省き、詩のような強い言葉たちを推敲する力が身につくと思います。

短い文章なので、推敲を何度も繰り返しやすいということも、メリットの1つだと思います。

例えば、自由律俳句のような短い型に収まらない俳句を何度も作り、推敲も何度も繰り返すという方法もあると思います。

そのことによって、推敲の上達するスピードが上がるのではないか、と思います。

詩でなければダメかというと、そんなことはないと思います。

詩以外でも、小説や普通の文章をできれば毎日書いて推敲することによって、自然と文章力は上がるのではないか、と思います。

推敲をうまくするために、自由律俳句などの1行詩、現代詩、ポエム等で、練習してみるといいのではないか、と思います。

その2:レビュー記事、もしくはまとめたものを作成

推敲をうまくするために、レビュー記事、もしくはまとめたものを作成するとよいと思います。

なぜなら、推敲する文章に対して、客観的に直す力をつけることができるからです。

例えば、ある本に対して、レビュー記事を書くとします。

そうなったときに、いい点と悪い点を見抜き、改善すべき点を頭で整理し、批評眼を身につけることが可能です。

これをはたして、推敲に応用できるか、というと僕は少しわからないところがあります。申し訳ないですが……。

なぜなら、直観でこれは推敲に応用できるのではないか、と思ったからです。

直観の実感が当たっているかどうかは、参考程度にしてもらうとよいかと思います。

推敲をうまくするために、日頃から批評眼やレビュー記事、自分の意見を持つよう心がけてみては、いかがでしょうか。

その3:文章等を書いてて無理なく続けることができるなら、続ける。

推敲をうまくするために、文章等を書いてて無理なく続けることができるなら、続けてみるとよいのではないか、と思います。

なぜなら、そもそも、文章を書くことが楽しくないのに、推敲をしっかりやらねば、は辛いと思います。

例えば、何事も、好きこそものの上手なれ、と思うからです。

それか、一生懸命推敲をがんばる内に、面白さが分かってきた、ということもあるかもしれません。

誰かに言われて、推敲をしなければいけない状態なら、どうすればいいか、という方もいるかもしれません。

そのような方は、苦手を普通にするくらいでよいと思います。

そして、それ以外の長所・好きなことを見つけて伸ばしていくといいのではないか、と思います。

推敲は、楽しいなら続けるといいと思います。

しかし、やっていてしんどいと思うなら、文章を書くことは最小限か、手を抜くでもいいと思います。

それでは、今回の記事をまとめたい、と思います。

おわりに

はい。いかがだったでしょうか。

今回の記事は、以下のようなことについて、触れてきました↓

推敲とは、ツッコミである。

推敲をうまくする3つの方法

その1:詩を書いて、推敲を繰り返す。

その2:レビュー記事、もしくはまとめたものを作成

その3:文章等を書いてて無理なく続けることができるなら、続ける。

推敲も、捉えよう。

推敲も、捉えようだと思います。

推敲、めんどくさいな、と思って身構えてしまうと、楽しくありませんよね。

推敲をもっと楽しく、文章書くことがもっと楽しく、何かこの文章で参考になるところが1つでもあれば、幸いです。

~★~★~★~

それでは、僕はこの辺で。

このブログでは、詩関連、スピリチュアル(精神関連)、HSP関連の記事、人生に心からのよろこびを、をモットーに発信活動を続けております。

ここまで読んでいただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m

かめれもん★でした(^^ゞ

お笑いで笑えない人に 理由とメリット、対策について

はじめに

はい、こんにちは。

かめれもん★です(^^ゞ

この記事は、お笑いでなぜ笑えないんだろう? お笑いって、笑わなきゃいけないの? お笑いで、もっと笑いたい! という方におすすめの記事となっております。

お笑いで笑えない人に、少しでも楽しんで見てもらえれば、と思います。

この記事の構成は、以下の通りです。

お笑いで笑えない理由その1:現実主義者であり、ファンタジー(お笑い)を楽しめない?

お笑いで笑えない理由その2:逆に笑いのセンスが高すぎて、つまらないと感じる

お笑いで笑えない人のメリット:ひょっとして、別分野が得意?

お笑いで笑えない人に贈る対策論その1:お笑いは、つまらなくてもいい

お笑いで笑えない人に贈る対策論その2:別分野で笑えれば、そこで笑えばいい

に、なります♪

わたしは、幼い頃からお笑いが好きです。

しかし、父はお笑いがあまり好きというわけではなく、お笑いであまり笑うようなことはありません。

それも参考にしつつ、わたしなりの見解を述べることができればな、と思っております。

それでは、始めていきましょう!

お笑いで笑えない理由その1:現実主義者であり、ファンタジー(お笑い)を楽しめない?

お笑いで笑えない人の多くは、もしかしたら現実主義者ではないでしょうか?

つまり、具体的なことや科学的なことに重きを置き、抽象的なことよりも、物質的なことに重きを置く。

もしかすると、現実の人間関係をとても大切になさる方々かもしれませんね。

そうなってくると、例えばお笑いで過度に笑っていいところ、楽しんでいいところを、冷めた目で見ることになるかもしれませんね。

単純に見たお笑いが一発芸人とかで、あれの何が楽しいんだというのは、真のお笑いを見たことにはなりません。

実力派コント師というのがあるように、お笑いにもしっかりしたお笑いと、消費性の高いお笑いがあります。

そこにも、注意していただきたいところです。

お笑いは、リアルとファンタジーの間を行ったりきたりすると思います。

もしかすると、時事漫才で言う爆笑問題や漫才協会に所属するナイツとかがおすすめかもしれませんね。

お笑いで笑えない理由その2:逆に笑いのセンスが高すぎて、つまらないと感じる

これは先ほど述べたように、冷めた目でお笑いを見てしまうということです。

そうです。その通りです!

お笑いは、実はつまらないものなんです。

だから、冷めた目で見てしまうのは、当然なのです。

問題は、そのお笑いをつまらないなあ!と言って笑ってあげられるやさしさや習慣になってくるかもしれません。

厳しく言うと、ですけど。

つまり、お笑いで笑えるポイントに着目して、笑える癖が必要になります。

お笑いといっても、作品や芸術のように観賞するということですね。

これには、幼い頃からお笑いを見ていると、必然的にここで笑えば最高だ!という瞬間を見つけやすくなります。

ですから、気軽に肩をリラックスさせて、どうやったらもっと笑えるだろう? と味わってみるというのも1つの方法です。

あと、お笑いに対する先入観ができて、お笑いはつまらないものだ、となっているかもしれません。

しかし、お笑いのつまらないはつまらないでも、笑えるつまらなさ、可笑しみを含んでいるのです。

可笑しみとは、爆笑とか、ゲラゲラした笑いではなく、クスリとした味わい深い笑いになります。

ですから、安定した芸歴の高い実力派漫才師や、M-1で史上最高得点を取ったミルクボーイなんかが、可笑しみや味わい深さがあるように思います。

お笑いで笑えない人のメリット:ひょっとして、別分野が得意?

お笑いで笑えない人は、お笑いにもともと興味がないのかもしれません。

当然といえば、当然ですが・・・。

ですが、お笑いで笑いたい人もいるのかもしれませんね。

そんな方は、お笑いではなく、もしかすると、例えば現実主義者の方がよく好みそうな事務作業とか、政治や経済、幅広い人間関係、もしくはマイナーな趣味とかが合っているかもしれません。

とにかく、お笑いで笑えなくても、別のことなら笑えるという人はいるのではないでしょうか?

そこで笑えれば、あなたはお笑いで笑えなくても大丈夫だと思います。

お笑いで笑えない人に贈る対策論その1:お笑いは、つまらなくてもいい

先ほども言ったように、お笑いはつまらないのです。

しかし、だからこそ可笑しみがあり、バラエティ番組を見て頑張っているなあ、という気持ちになるのです。

そして、声を上げて笑うということは、よっぽどのことがない限り難しいですよ。

わたしだったら、M-1とかで、やっと声を上げて笑う感じでしょうか。

だから、もし心の中で楽しんでいるなら、それでよいと思います。

お笑いとは、そういうものです。

見た目で笑っていなくても、心が楽しんでいるなら、それでよいのです。

お笑いで笑えない人に贈る対策論その2:別分野で笑えれば、そこで笑えばいい

わたしの父を見ていて思うのですが、彼はお笑いと違う分野で楽しんでいるように思うのです。

ですから、お笑いで笑う必要はないと思うのです。

人それぞれ違いますし、人それぞれ楽しめるポイントは違います。

だから、もしお笑い以外の何かで人と笑い合えるのなら、それで充分ではないでしょうか?

お笑いに過度に期待する必要はありません。

お笑いといっても、ピンからキリまでありますし、合う合わないもあります。

人でも、食べ物でも、趣味でも、そうですね。

あなたに合った分野で精一杯楽しめば、それでグッドだと思います。

おわりに:お笑いで、笑えなくてもいい

いかがだったでしょうか?

お笑いで笑えないというのは、その通りです。

なぜなら、お笑いはつまらないからです。

しかし、可笑しみがある。

そこに対する愛情というのも、1つの鍵となるでしょう。

お笑いで、笑えなくてもいいです。

他の分野で笑える、楽しめるなら、最高です。

お笑いを見て、声を上げて笑っていなくても、心の中でほんわかしているなら、それで充分です。

もし、この記事を見てお笑いはやっぱりつまらないだとか、お笑いの何が面白いのか分からないという方は、無理にお笑いを見る必要はありません。

あなたが好む趣味なり、ブームなり、自由に追ってくれれば、それで万事解決かな?と思います。

ここまで見ていただいた方々、ほんとうにありがとうございました(^_^)/~

よかったら、他の記事も見てくださると、嬉しく思います。

かめれもん★でした~(^^ゞ

お笑いが「つまらない!」と呼ばれるのは、なぜか?

はじめに

はい、こんにちは。

かめれもん★です(^^ゞ

今回は、お笑いが「つまらない!」と呼ばれるのは、なぜか?について考察していきたいと思います。

わたしは、小さい頃からお笑いに助けられてきました。

現在も、そうです。

しかし、昨今ではお笑いはつまらないと言われることも少なくないと思います。

そんなことはないと、かすかに思うところはあるのですが・・・。

この記事では、お笑いはつまらなくない、という視点で、お笑いがつまらないと呼ばれる要因について、触れていきたいと思います。

まず、一発屋形式のお笑い芸人さんが多いことについて

そして、テレビ業界の力不足について

最後に、観る人のセンスについて考察し、まとめて終わりたいと思います。

それでは、始めていきましょう!

お笑いがつまらない要因その1:一発屋形式のお笑い芸人が多いこと

まず、一発屋形式のお笑い芸人さんが多いことについて、考察したいと思います。

なぜ、そのような人たちが増えたか。

それは、そうじゃないと、テレビに出れないから、というものだと思います。

現在、テレビに出続けている人たちは、実力人としての魅力が存在します。

しかし、そのようなものを、多分に持っていない人たちは、力づくで一時しのぎで、テレビに出るのだと思います。

テレビに出ること自体、世の中の人たちに知られるチャンスなので、宣伝にもなりますからね。

そうなると、面白い!という感覚よりも、飽きた!という感覚が増すのだと思います。

だから、テレビがつまらない、お笑いがつまらない、となるだと思います。

お笑いがつまらない要因その2:単純にテレビ業界の力不足

お笑いがつまらなくなった要因として、テレビのオリジナリティ要素がなくなったが挙げられるかもしれません。

例えば、松本人志さんが手掛ける『IPPONグランプリ』や『すべらない話』は、オリジナリティに溢れ、見応えがあります

芸人さんも、イキイキと輝いているような気がします。

しかし、普通一般のテレビ番組では、決まった言い回しが多用化されたり、適当にこうしとけば面白くなるでしょ、のような雰囲気も少し漂っているような気がします。

つまり、一生懸命作られているような気がしないのです。

テレビは、視聴者の想いに応えることも大切だとは思いますが、制作側が楽しんで、ほんとうに面白いものを作ろうと思って作られた作品は、きっと視聴者側も食いつくはずです。

だから、わたしは、テレビの制作に携わる方は、もうテレビは力不足だとか思わず(思っているなら)、本気でいい番組を作ろうと、そういう運動のようなものを展開してもいいのではないか、と思いました。

そして、お笑いといえど、テレビが主戦場ではないと思います。

様々なメディアから、お笑い芸人とテレビの新たな形を、模索してほしいなと思います。

要するに、芸人さんの良さが、うまく活かしきれていないのではないか、と言いたいのです。

お笑いがつまらない要因その3:観る人のセンスによる問題

最後に、これを言わせてもらいます。

お笑いが面白くないと言う方は、そもそもお笑いに慣れ親しんだ家庭環境ではなかったのかもしれません。

わたしは、お笑いを小さい頃から見ていましたし、お笑いの感覚というものが育っているのです。

しかし、そうでない人は、別の興味あることで、感覚が育っているかもしれない。

となると、そちらの方を楽しんでくれるとありがたい

お笑いは、観る人によってつまらないと感じるかもしれませんが、お笑いのことをよく知っている人たちなら、ここはこの人たちこうしたかったんだろうな、とか、この人たちウケなかったけど、しっかり頑張っているとか、お笑いを受け容れられる器が育つと思うのです。

だから、お笑いがつまらない、という方は、別の興味があることで楽しんでもらうといいと思います。

もしそんな方がいるなら、あなたのやってること面白くないと言われたら、不快に思うでしょう?

それは、あまりしない方がいいのです。

お笑いに親しんできた方々は、お笑いに親しみ、そうでない方は、そうでないことに興味を持ち、楽しめばよいのです。

それでは、まとめます。

おわりに:お笑いは、つまらなくない!

お笑いがつまらないと呼ばれる3つの要因について挙げてきました。

一発屋形式のお笑い芸人さんが、あふれることで、テレビが一時しのぎのような状態になっていること。

テレビのバラエティ番組で、芸人さんの力が発揮されていないということ。

芸人さんの力を発揮させるためには、やはり実力のある芸人さんが、若手等の芸人の力を活かす、もしくは活かせる番組構成?が必要だと思います。

そして、お笑いがつまらないという方は、見なくてもいいと思います。

過度にお笑いに期待しすぎているというのも、あるかもしれないが、あなたたち自身で、興味があることがあるなら、それを楽しめばいいと思います。

軽々しく、他の分野がつまらないというのは、ちょっとどうなんだろう?という気持ちもあります。

だって、お笑いが分からない方が、お笑いをつまらないと言って、それが一般常識のようになっているのですからね。

お笑いを真に愛する人に、少し失礼なんじゃないかなあ、と思ったりもします。

その点、頭の片隅に置いてくれると、ありがたかったりします。

それでは、長くなりましたが、この辺で終わります。

お笑い愛が、過度に出てしまいましたね。

気を付けないと・・・(笑)。

かめれもん★でした~(^^ゞ