才能がなくても、努力は楽しい。

はじめに

はい、こんにちは。かめれもん★です(^^ゞ

「才能に努力が勝ることはあるのか」

「努力の素晴らしい側面はないのか」

「努力して、失敗しても得られるものはないのか」

これらのようなことをお考えの方たちに、おすすめの記事となっております。

才能がある人と比較した努力の新しい+の側面について、考察した記事です。

目次は、以下の3つになります↓

・才能がなくても、努力は楽しい。

・才能があっても、努力で素晴らしい生き様を見せるとは限らない。

・才能では得られない、努力の失敗で得られた学びがある。

目次

僕は、努力家とよく言われることがあります。

結果を出せない経験も、今まで何度かありました。

それらの経験から、才能がある人よりも、努力で勝っている部分について考えてきた経緯がありますので、少し紹介させていただきます。

それでは、始めていきましょう。

才能がなくても、努力は楽しい。

才能がなくても、努力は楽しい、と思います。

なぜなら、才能が最初からあったら、何でもできて楽しくない、と思います。

しかし、才能がなくても、努力する内に結果が出てきたら、達成感が湧くと思います。

具体例を挙げてみると、最初から文才があっても、成長するよろこびはないし、周りからもできて当然みたいな感じで、つまらないパターンになると思います。

一方で、努力する内に結果をつかむ人は、成長するよろこびがあるし、周りからもよくがんばったなあと、過程をホメてくれる機会が増えると思います。

成長するよろこびはあるのか、もしくは成長するよろこびとは何か、と思う方もいると思います。

成長するよろこびはありますし、成長しないと人はいつまでもできることが限られ、広い視野を持てない、と思います。

つまり、才能が最初からある人はつまらないし、結果重視になる。

しかし、努力して結果を収める人はカッコいいし、過程を重視されると思います。

次に、努力で素晴らしい生き様を見せることができる件について、述べたいと思います。

才能があっても、努力で素晴らしい生き様を見せるとは限らない。

才能があっても、努力で素晴らしい生き様を見せるとは限らない、と思います。

なぜなら、才能がある=その人に魅力があるとは限らないからです。

具体的な例を挙げると、勝負師の世界というものがあります。

将棋とか、スポーツとかですね。

そこで求められるのは、たしかに結果なのですが、その人がどのように闘ったかで、見る人の心を揺さぶる事例もあります。

天才にも、魅力がある人はいるのではないか、という疑問を持つ方もいると思います。

その場合、天才で、才能があったとしても、称賛やあこがれの対象になると思います。

なぜなら、その方は、結果を出すことに満足せず、精一杯生きる姿を見せているのですから、カッコいいとしか言いようがありません。

つまり、才能があっても、生き様を見せてくれないとつまらないし、努力して生き様を見せてくれる方が、カッコいいと僕は思います。

最後に、努力して失敗しても、学んだことを次に活かせるなら成功だね、という話をしたいと思います。

才能では得られない、努力の失敗で得られた学びがある。

才能では得られない、努力の失敗で得られた学びがある、と思います。

なぜなら、最初から才能がある人には、努力して死にものぐるいで結果をつかもうとする汗と涙の結晶を理解することはむずかしい、と思うからです。

例えば、努力して失敗したとしても、その経験で人の話を聴いてあげたり、失敗した人たちのサポートをすることが可能です。

つまり、やさしくなれる、という側面もあります。

これは、才能があってなんでもできる天才とかには、あまり分からないことなのではないか、と思います。

天才には、天才の役割があり、努力家には努力家の役割があります。

それぞれに生き様を見せることには、おそらく公平に道が与えられています。

努力して失敗した経験は、引きずるのではなく、未来に活かすために具体的にすべきことを実行していけば、成功への道、カッコいい生き様の道というものもあると思います。

それでは、今回の記事をまとめたい、と思います。

おわりに

はい。いかがだったでしょうか。

今回の記事は、以下のようなことについて、触れてきました↓

・才能がなくても、努力は楽しい。

→成長しがいがあるし、過程が楽しい。

・才能があっても、努力で素晴らしい生き様を見せるとは限らない。

→結果よりも大事なのは、生き様。

・才能では得られない、努力の失敗で得られた学びがある。

→努力して失敗した経験は、その人にしかない未来に活かす。

才能には、才能のよさ。努力には、努力のよさ。

ネット見て驚きました。

才能と努力に関する間違った考え方が流布していると思いました。

僕の考えが100%合っているというわけではありませんが、少しでもこの記事を見て楽になる方がいると幸いです。

~★~★~★~

それでは、僕はこの辺で。

このブログでは、詩関連、スピリチュアル(精神関連)、HSP関連、人生に心からのよろこびを、をモットーに発信活動を続けております。

ここまで読んでいただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m

かめれもん★でした(^^ゞ

シンプル解説 エジソンの名言『1%の閃きと99%の努力』について

はじめに

はい、こんにちは。

かめれもん★です(^^ゞ

今回は、エジソンの名言『1%の閃きと99%の努力』について解説したいと思います。

この記事の構成は、以下の通りです。

まず、エジソンと、名言の簡単な解説をします。

その後、1%の閃きと、99%の努力について、それぞれ解説していきたいと思います。

この記事の内容が、少しでも参考になれば幸いです。

それでは、始めていきましょう!

エジソンの名言について、大まかに解説

エジソンは、発明王として有名ですね。

特に、電球を発明したことが、有名ですね。

好奇心も旺盛で、発明には、性に合った性格だったのかもしれませんね。

この名言は、『天才とは、1%の閃きと、99%の努力である』とエジソンが発したものです。

これを見て、皆さんは99%の努力が必要と思うかもしれませんが、実は大切なのは、1%の閃きと、エジソンは述べています。

実際、わたしもそう思います。

それでは、まず、1%の閃きという、少し分かりにくい箇所から、解説していきたいと思います。

エジソンの名言:1%の閃きって?

これはですね。

閃きとそのまま解釈するのもいいですが、霊性と訳されているものもあるようです。

すなわち、インスピレーションや自分ではない何かから、力を借りて、努力に移るという形らしいです。

実際、そんなものあるの?と、なりますが、あります。

現在、医療はかなり進んでいますが、それでもまだ命や生死に関わることは、謎が多いです。

科学で分かっていることは、ほんの少し、10%にも満たないかもしれません。

その科学でさえも、1%の閃きと99%の努力で形成されてきたと思っています。

芸術もそうです。

これを解く鍵として、今を生きるだったり、瞑想やマインドフルネスが大事になってきたりすると思われます。

それによって、人は閃きが生まれやすい体質になったりするのですね。

続いて、99%の努力について、移っていきましょう。

エジソンの名言:99%の努力は、どのようにすればいいのか

まず、99%の努力は、1%の閃きがないと、無意味だとエジソンは言っています。

実際、わたしもそう思っていて、これは詩でいう実感だと思っています。

実感がないまま書かれた詩や、俳句、芸術や科学などは、愛がないのです。

そんなものは、心を持たないロボットに似ています。

心を持たないロボットは、愛し合ったり、友情があったり、絆があったりはしないですよね。

人間にある代表的なものとして、があると思われます。

その愛、実感を持ったなにか(感情、意志、映像など)で、人は何かを創造しなければならないのだと思います。

それが豊かな世界を創っていく。

努力なんて、あとからどうにでもなります。

中身がない世の中を、わたしたちは生きていきたいとは、思いませんよね。

そして、創造の基礎は、この名言がすべて担っていると言っても過言ではないでしょう。

それでは、まとめです。

おわりに

エジソンのこの名言で、大切なのは、1%の閃きでしたね。

そして、その閃きは、愛や実感、得体の知れない何かから受け取るイメージでしたね。

努力は、あとからどうにでもなるのです。

そして、この名言は、創造(クリエイト)の根幹を成しています。

この名言を深く知れば、多くの人は、創作のコツを掴めるでしょう。

ぜひ、この記事を創作のヒントにしてください。

微力ながら、お力添えを・・・。

それでは、かめれもん★でした(^^ゞ

ここまで、読んでいただいた方々、ありがとう~(^_^)/~