真理とは? 具体例を挙げつつ、できるだけ簡単に説明してみた。

はじめに

はい、こんにちは。かめれもん★です(^^ゞ

「真理とは何か、簡単に知りたい」

「真理の例を楽しく知りたい」

「真理を知ることによって、どのようなメリットがあるの?」

これらのようなことをお考えの方たちに、おすすめの記事となっております。

自己啓発系の本を100冊以上おそらく読んでいる僕の考察記事です。

目次は、以下のようになっております。

真理とは?

真理の例を、詩から3つ列挙します。

その1:『聴く力』茨木のり子

その2:『なぜ』川崎洋

その3:『ぼくが ここに』まど・みちお

真理を正しく知ると、どのような効果があるのか。

目次

僕は、真理はあると思っているし、ものすごく頭で考えるものではない、と思っています(ここ賛否両論あると思うけど)。

真理というものを、色々な書物を読んで理解し、個人的な意見としてわかりやすく提示できればな、と思います。

よかったら、参考にしてみてください。

それでは、始めていきましょう。

真理とは?

真理とは、簡単に、必要な箇所だけ覚えようとすると、世の中を正しく動かす法則のようなもの、と捉えていただいてもよいかもしれません。

真理があることによって、世の中が正常に動いていくのです。

例えば、飛行機に乗ると、目的地に到達します。

そのためには、様々な人の努力とチームワーク、コミュニケーション、ルールなどが、おそらく要りますよね。

このように、何か目的を成し遂げるために、真理というものが必要なのでは、と僕は考えます。

真理とは、要するに、この世界のほんとうのルールと言ってもいいかもしれません。

続いて、真理の例を、詩から3つ列挙します。

真理の例を、詩から3つ列挙します。

その1:『聴く力』茨木のり子

この詩は、茨木のり子さんが書いた詩で、聴くことの重要性が美しく記憶される詩です。

つまり、人々は、聴くことをおろそかにして、何かを話したり、何かを書いたり、何か行動に移したりしているわけです。

けれど、聴くというやさしさなしに、アウトプットは可能なのか、と僕にはそう聴こえました。

その2:『なぜ』川崎洋

この詩は川崎洋さんが作った詩で、大人になって好奇心を失ったのはいつからだろう的なことが書かれています(詩はぜひノウハウを得るより、味わってくださいね)。

好奇心が大切だというのも、真理の1つだと思います。

好奇心なしに、世の中が動いていたら、世界はつまらないものになっていると思います。

その3:『ぼくが ここに』まど・みちお

この詩は、まど・みちおさんが書いた詩で、存在の重要性について、やさしい韻律で歌っています。

現代に生きていると、あの人は存在価値があって、自分には価値がない、と思って生きている人がいたり、自分は存在価値があるけれど、それ以外は価値がない、と思って生きている人がいたりします。

けれど、よく考えてみれば、この宇宙が無限だと分かれば、存在があると感じることさえできれば、それだけで素晴らしいことだし、平等に人も動物も自然も愛されるべきではないか、と分かるような詩です。

※余談:今紹介した3つの詩は、こちらの詩のアンソロジー(1650円)に収録されています。

よかったら、ご覧ください↓

最後に、真理を正しく知ると、どのような効果があるのか、について答えたいと思います。

真理を正しく知ると、どのような効果があるのか。

真理を正しく知ると、スムーズに動けると思います。

ものすごく噛み砕いて言うと、ですけど。

なぜなら、真理、つまり世の中のほんとうのルールが分かることによって、人々は幸せに生きることができるからです。

まあ、真理が人々を不幸にするものとは、おそらく言えないと思うし、少なくとも僕は真理は人を幸せにするものだと捉えています。

例えば、先ほど挙げた『聴く力』1つとっても、相手の話をよく聴くことによって、こちらも納得して楽しく返答できますよね。

『なぜ』を挙げてみても、好奇心があることによって、世の中に楽しい人が増え、例えばエンタメ業が盛んになって、世界に活気が出るという例もあります。

『ぼくが ここに』を読んでも、ここにいていいんだ!と多くの人が思うことによって、無理に自己肯定感を上げなくても、ありのままの自分でいいんだと気づき、自然体で、本来の力を発揮する人も増えると思います。

真理を知ることによって、人々は幸せになる基本を掴んだり、詩を読むことによって細部の色々な真理を知って心を豊かにすることも可能だと思います。

それでは、今回の記事をまとめたい、と思います。

おわりに

はい。いかがだったでしょうか。

今回の記事は、以下のようなことについて、触れてきました↓

真理とは?

→世の中を正しく動かす法則のようなもの

真理の例を、詩から3つ列挙します。

その1:『聴く力』茨木のり子

その2:『なぜ』川崎洋

その3:『ぼくが ここに』まど・みちお

真理を正しく知ると、どのような効果があるのか。

→幸せに生きやすくなる

真理を知って、楽しく生きよう。

真理というと、難しいと考える人もいると思いますが、本質は簡単かつシンプルなのだと僕は思っています。

真理を知って、楽しく生きましょう。

そして、みんなと楽しく生きましょう(なんか宗教っぽいですが、宗教ではありません)。

~★~★~★~

それでは、僕はこの辺で。

このブログでは、詩関連、スピリチュアル(精神関連)、HSPや高齢者などのマイナーな方向け記事、人生に心からのよろこびを、をモットーに発信活動を続けております。

ここまで読んでいただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m

かめれもん★でした(^^ゞ

詩人は、哲学者の役割を担えるか。

はじめに

はい、こんにちは。

かめれもん★です(^^ゞ

今回は、詩人は、哲学者の役割を担えるの?という、ちょっと変わったタイトルで進行していきたいと思います。

この記事の構成は、以下の通りです。

まず、詩と哲学の関係を解き明かします

続いて、哲学は、社会の役に立つのか。または社会の役に立っているのか、検証します。

これは、詩が哲学を担う場合、必要な論拠になります。

つまり、詩が哲学を担う意義を検証するということですね。

最後に、詩人は、哲学者の役割を担えるか、について徹底考察していきたいと思います。

それでは、始めていきましょう!

詩と哲学の関係って、どんな感じ?

まず、詩と哲学って、関係あるの?となりますが、ほぼ関係していると思います。

典型的な哲学の場合、真理を探求するということが挙げられますね。

例えば、生きている意味だったり、心とはなんなのか。

国家とはなんなのか。万物の根源はなんなのか、とかそういうやつですね。

違っているかもしれないですけど・・・まあ、〇〇とはなにか?が典型的な哲学の例ではないでしょうか?

一方で、詩は真理も探求しますが、真善美の『善』や『美』も探求します。

というか、こちらに比重をかなり置いていて、日常生活に寄り添っている方ではないか、と思います。

そして、読むと、生きる知恵を授かったり、生きる勇気や元気をもらったりもします。

詩と哲学は、お互いに見えないものを扱ったり、抽象的な世界を扱ったりもします

難しいですが、こういうことを少しずつ知っていくことによって、人は生きることが、ずいぶん楽になるのではないか、とわたしは思います。

哲学は、社会にどう役立つのか。あるいは役立っているのか。

哲学は、社会の役に立つか、と言われると、役に立たない、何言っているのか分からないし、と大抵の人は答えるかもしれません。

しかし、分かる人には、非常に役立ちますし、生きるのが楽になったり、その知恵で多くの人を救ったり、貢献することができると思います。

例えば、NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』でも、様々な名言が出ていますが、その流儀のおかげで、あの人たちはプロフェッショナルと呼ばれ、社会に大いに役立っているのだと思います。

これを、詩で代替するという風になると、もっと哲学が身近になるというメリットがあると思います。

そして、詩で心が豊かになり、そのおかげで社会に貢献することができるというのは、目で見えなくても、なんとなく考えられることでもあります。

哲学者だけが、そういう社会を生き抜く方法であったり、世の中の尊さを考えるのではなく、社会全体が、例えば俳句などを通して、豊かな心になれば、いつかその想いが世界に表面化してくることは、確実だと思います。

だから、哲学は、実際役立っているし、詩に応用できるのは、ほぼ必然的と言えるでしょう。

詩人は、哲学者の役割を担えるのか。

現在、哲学者という言葉は、一般の方には聞き馴染みが少ないと思います。

哲学に興味を持つ人が少なくなり、自己啓発などの他人の言葉に扇動されている。

しかし、いざというときに、助けてくれるのは、自分が打ち立てた流儀だと思うのです。

最終的には、それを信じる人は多いと思うし、それが自分のオリジナリティある効率的な生き方だったりすると思うのです。

そして、それぞれが哲学し、オリジナリティある流儀や自分らしさを確立するために、詩を書くというのは大切なものの1つだと言えます。

詩は、思索ですから、自分を掘り下げ、普遍に到達する可能性もあります。

ここに辿り着くと、人々は、自分の才能をいかんなく発揮することができるのです。

哲学よりも身近に、そしてより愛に溢れた作品で、世の中がお互いに助け合い、自分を探求し、自立し合った関係を保つためには、詩人が哲学者の役割りを担うのは、一理あるのだと、わたしは思います。

それでは、まとめに入っていきます。

おわりに

詩と哲学において、現代は、詩に比重を傾けていくことが大切ではないか、とわたしは個人的に思っています。

なぜなら、世の中には、真実や正義のようなものが溢れているからです。

わたしとて、話していることをそのまま全部うのみにしてほしいとは考えていません

そのために哲学や、詩のように自分なりの効率のよい生き方であったり、楽しさを知っておいてほしいのです。

詩や哲学のようなものは、見えません

しかし、実際にあるものであれば、いつかは表面的なものになってきます

これは、確実です。

詩が哲学の役割を担うことによって、多くの人が生きる指針を見つけ、お互いに違っていることはあるけれど、認め合える社会になればなあ、と思います。

それでは、わたしはこの辺で。

他に、詩や人生にまつわる様々な記事を書いていますので、よかったらご覧ください♪

ここまで見ていただいた方々、ありがとう!

かめれもん★でした(^^ゞ

ソクラテスの言葉『無知の知』わかりやすく考察

はじめに

はい、こんにちは。かめれもん★です(^^ゞ

今回は、哲学者であるソクラテスの言葉『無知の知』について、自分なりに深く考察し、わかりやすく伝えていければ、と思います。

まず、ソクラテスの『無知の知』について大まかに解説し、それに対する考察等を施し、最後に現代社会にどう役立っているかについて、考えていきたいと思います。

それでは、始めてまいります。

ソクラテスの『無知の知』とは?

ソクラテスの無知の知が、どのように生まれたか。

それについては、正直、興味がない、と思いました。

なぜなら、そういった言葉が伝わっている時点で、『無知の知』はれっきとした名言であり、あれこれ解剖する必要はないと思っているからです。

ソクラテスが、無知の知を言ったかどうかという記事もありましたが、そんなことはどうでもいいではありませんか。

実際に、その言葉が存在して、現代社会にも役立っている。

長い歴史を経て、これは奇跡ではないでしょうか。

無知の知は、ソクラテスの思考ゆえに、それか閃きゆえに生まれたのだと、推測できます。

ソクラテスの『無知の知』:解釈&考察&分析

さて、ある意味、本題となるのが、この部分。

無知の知とは、自分の世界が正しいと思っている人よりも、自分の世界がすべてではない、と思っている人たちの方が知恵があるということです。

つまり、無知の知を知っている人ほど、傲慢ではないということです。

そして、謙虚であるとも言えるかもしれません。

己が無知の知を自覚している限り、己の視野は無限大であり、自己中心の考え方から脱却するということです。

あと、自分の主観(つまり思い込み)がすべてではないと分かることによって、客観の視点を得ることができるのです。

そして、無知の知であるためには、見えないもの(知らないもの)と繋がる力、つまり想像力が必要になってくるのだと思われます。

ソクラテスの『無知の知』:現代社会にどう役立っているか

この見えない部分を尊重するソクラテスの考えは、とても素敵だなと思います。

しかも、それがスピリチュアルのことを伝えるよりも、地に足が付いていて、説得力があります。

わたしは、スピリチュアルよりも、地に足が付いた哲学の方が、どちらかというよりも好きなので、スピリチュアルなことを、地に足を付け、説得しているこの『無知の知』が好きです。

無知の知を自覚することで、スピリチュアルに生きることにも繋がり、そして謙虚に、広い視野で世の中を見渡す人が増えお互いに生きやすい世界が形成されるのだろうと、わたしは思いました。

それでは、まとめていきたいと思います。

まとめ:無知の知の核心

ソクラテスの無知の知の部分について、解説せずに申し訳ありません。

ですが、わたしは、そのようなことは、哲学マニアとか、無知の知によほどこだわりがある人以外、どうでもよいことだと思っています。

むしろ、大事なのは、無知の知という概念が、世の中にどれだけ浸透していて、実践できている人がどれだけいるかということ。

もしかしたら、それさえもどうでもいい考えなのかもしれません。

無知の知とは、つまり、知らないことを知っている。

これが、核心だと思います。

そのまんまですね(笑)。

しかし、これが核心なのだから、仕方がない。

現代社会は、科学とかですべて知っているかのように、振る舞っているところはあるような気がしますが、最近はどうもそうではないという世の中になってきているのかもしれません。

スピリチュアルというワードも、YouTubeではだいぶ見られるようになりましたし、そういう見えない世界の重要さが認識され始めたのかもしれません。

無知の知を自覚することによって、より謙虚に、より広い視野で、世の中を闊歩する人が増えますように。

それではこの辺で、終わりたいと思います。

かめれもん★でした(^^ゞ