詩と小説の違い~シンプルに深く考察~

はじめに

はい、こんにちは。かめれもん★です(^_^ゞ

「詩と小説の違いって、なんだろう?」

「そもそも詩って、どんなものなのか」

「詩と小説の違いを、わかりやすく詳しく知りたい」

そんな方に、この記事はおすすめです。

詩と小説の違いを、3つの視点からわかりやすく深く考察できるよう努めました。

目次は、以下の3つになります。

詩と小説の違いその1:芸術か、エンタメか。

詩と小説の違いその2:音楽か、説明か。

詩と小説の違いその3:例えるなら、詩は猫、小説は犬。

僕は、詩と小説を今まで何冊か読んできた中で、違いもなんとなく分かるようになってきました。

普段、詩のことを個人的に研究しているので、その知見も少し紹介できると思います。

それでは、始めてまいりたいと思います。

詩と小説の違いその1:芸術か、エンタメか。

詩は、文学の中においても、芸術性は高い、と僕は考えています。

一方で、小説は、芸術性が高いものもありますが、エンタメのように軽めで、中身が薄い小説もあるような気がします。僕の主観ですが・・・。

ですので、小説の芸術性がアップすると、それは詩のような小説になっていくのではないか、と思います。

村上春樹さんは、その領域かもしれませんね。

詩と小説の違いその2:音楽か、説明か。

詩は韻文と呼ばれ、文学というよりも、音楽性があります。

ですので、何回か詩に親しむと、この詩はリズムや抑揚があって、音程もいい、と分かるようになります。

詩を読み、楽しむためには、ある程度の冊数を読む、もしくは名詩に触れてみることが大切です。

そうすることによって、理解できる奥深さがあるように思います。

一方で、小説はというと、少々説明的で、余韻や味わい深さがないように思います。

どちらかというと、ストーリーを読んでもう1回読もうという感じにはならないような気がします。

ほんものの詩のような作品であるなら、何度読み込んでも味わい深いものがあるような気がします。

詩と小説の違いその3:例えるなら、詩は猫、小説は犬。

これはちょっと変な例え話なのですが、詩は自由ということが言いたいのです。

猫は、自由気ままで、こっちの愛情も知らんぷり、もしくは無視する形もあると思います。しかし、愛おしい・・・。

一方で、小説はというと、犬のように読者に忠実な側面があります。

ですので、読者は受動的に作品を消費する形になると思います。

ここで、一部の方は、それでいいじゃないか、と思うかもしれませんが、ほんらい能動的に作品と関わっていく方が楽しい、という場合もあります。

例えば、詩のように難しくてなかなか解けないパズルがあったとしますね。

それを何日もかけて苦闘してやっと解けたら、ものすごく面白いですよね?

けれど、すぐ解けるパズルをいくつ解いても面白いわけではありません。

テレビでよくクイズ番組があって、頭の賢い解答者が正解してヤッターというシーンがありますよね。

ですから、難しい問題を解けた方が、やりがい(読み応え)もあるし、周りへの影響力も高くなるのです。

詩は読んですぐ何かあるわけではありませんが、人々の根本的な魅力を長期的に改善していく力がある、と僕はそう実感しています。

それでは、まとめです。

おわりに

はい。いかがだったでしょうか。

今回紹介した大まかな内容は、以下の通りでしたね。

詩と小説の違いその1:芸術か、エンタメか。

詩と小説の違いその2:音楽か、説明か。

詩と小説の違いその3:例えるなら、詩は猫、小説は犬。

詩と小説は、対照的と言うことができるかもしれませんね。

個人的見解を述べるとすると、詩は文学の根本を担っているような気がします。

ですので、小説を書くなら、詩の奥深さも分かっていた方が、いい作品を書けるのではないか、と思います。

~★~★~★~

それでは、僕はこの辺で。

このブログでは、詩関係の記事、スピリチュアル(精神関係)の記事、人生に心からのよろこびを、をモットーに発信活動を続けております。

ここまで読んでいただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m

かめれもん★でした(^^ゞ

散文詩と小説の違いとは? 事例や「散文的」にも言及。

はじめに

はい、こんにちは。

かめれもん★です(^^ゞ

今回は、

「散文詩と小説って、違いがわかりにくい!」

「散文詩の例とかって、どんなのがある?」

「散文的っていうのが、イマイチわかりにくい!」

にお答えする記事となっております。

目次は、以下の3つになります。

・散文詩と小説の違い

・散文詩の例

・散文的とは?

に、なります。

わたしは今まで、詩に対する思索をブログやnoteなどを通じて行ってきました。

詩に対する一定の理論は、頭の中に構築されています。

ですので、その視点から、今回の事例についてお答えします。

それでは、始めていきましょう!

散文詩と小説の違い

散文詩とは?

散文詩とは、散文のように見えますが、実はすべての言葉に力が入っています。

つまり、詩情を感じることができます。

小説より、さらに芸術的とも言えますね。

詩ならではの実験に満ちた作品も、登場すると考えられます。

小説とは?

小説にはストーリーがあって、詩のようにすべてに力が入っているわけではありません。

または、適度に息抜きが成されています。

散文詩と小説。ココが違う!

■散文詩

・ストーリーやフィクションとは限らない。

・受動的ではなく、能動的に読む。

・驚きや発見が多い。

■小説

・ストーリーやフィクションが基本。

・能動的に読むのではなく、受動的に読む。

・驚きや発見は少ない。

ここで注意点として、詩は能動的に読むことによって、没入感があるとわたしは思っています。

小説は反対に、受動的でもなんとなく読めてしまう。

真剣に読まなくてもなんとなく頭に入ってくる場合もあります。

一方で詩は、能動的に読むからこそ、音楽のように言葉を感じることができるのです。

よく、能動的より受動的の方が楽、と考える方もいますが、それは違います。

与えることによって、うれしい気持ちになることもあります。

例えば、大切な人にプレゼントして喜んでもらえたときのように・・・。

それをぜひとも忘れないようにしてください。

散文詩の例

散文詩の例を挙げると、吉野弘さんの『I was born』があります。

谷川俊太郎さんの詩にも確かあったはずです(『定義』とかですかね?)

ここでは、一例として、吉野弘さんの『I was born』を一部引用させていただきます。

確か 英語を習い始めて間もない頃だ。

或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 青い夕靄の奥

から浮き出るように 白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆ

っくりと。

ポケット詩集より

これは、詩の冒頭部分です。

あえて言葉で説明はしませんが、感覚的に理解することが大切です。

散文的とは?

散文的とは、つまり、説明的になっているということです。

つまり、無駄な部分が多いということです。

詩は、無駄な言葉が削ぎ落とされ、しかも音楽的要素があります。

一方で、散文的な文章は、読み手に飽きさせる、つまり読み応えがないと感じさせるとともに、美しい言葉、あるいは文章ではない、と読めることでしょう。

例えば、散文詩のように美しい文章を書こうと思えば、無駄な言葉を削ぎ落とし、適度なスキを見せることも大切です。

要は、散文と散文詩の間のバランスを考えるということです。

それでは、まとめていきます。

おわりに

ここまで、以下の項目について、解説してきました。

・散文詩と小説の違い

・散文詩の例

・散文的とは?

わたしは、散文詩と小説の違いについて、実はそんなに大差ないと思っています。

なぜなら、小説でも心を込めて書けば、それはもう詩のようになりますし、散文詩も適当に書けば、散文っぽくなります。

要は作者が、散文詩で書くならそう見える必要がありますし、小説を書くなら小説に見えていた方がよいと思います。

要するに、作者の想いを体現できているかどうかですね。

それでは、わたしはこの辺で。

他に詩に関する記事、スピリチュアル(精神関係)、わたしの人生のコンテンツ化を行っていますので、よかったらご覧いただければ、と思います。

ここまで読んでいただいた方々、ほんとうにありがとうございますm(_ _)m

かめれもん★でした(^^ゞ

柴崎友香さんの『百年と一日』とても面白かった。

はじめに

はい、こんにちは。

かめれもん★です(^^ゞ

今回は、柴崎友香さんの『百年と一日』(1,540円↓)を読んだので、それにレビューしたいと思います。

小説です。

この記事では、まず『百年と一日』にレビューしていきます。

その後、補足情報的な感じで、柴崎友香さんって、どんな人? であったり、この本を出版した会社『筑摩書房』さんについて、少し述べることができればな、と思います。

それでは、始めていきましょう!

柴崎友香さんの『百年と一日』レビュー

まず、本の手触りとか、装画がとてもお洒落で、幾つかの紙袋の画になっています。手に取りやすいです。

それから、独特の目次がズラーッと並ぶんですね。

1つの目次に、長文が書き込まれていて、それぞれ物語になっています。

短編小説?ですね。

これを見て、わたしは谷川俊太郎さんの62のソネットを思い出したりしました。

それも、目次がそれぞれあって、長いんですよね。

平凡で、不可思議な日常の風景が、通り過ぎていく列車のように見えてきます。

各駅停車で違った景色が、それぞれ見れる感じです。

改めて、ズラーッとある目次を眺めていると、どれも愛おしい物語に見えてきて、奥行きのある壮大な風景を1編1編愛でていくような気持ちになります。

個人的にとても気に入っている小説で、詩的な雰囲気があるのもポイントです。

では、柴崎友香さんって、どんな人?に移りたいと思います。

柴崎友香さんって、どんな人?

柴崎友香さんは、大阪生まれで、小説家です。

芥川賞ももらっていますね。

しかし、オフィシャルサイトでは、それは書かれていない?ので、あまりそれを意識してほしくないということかもしれませんね。

憶測ですけど。

女性のお方で、個人的には写真を見て、詩的な雰囲気、やわらかい雰囲気をお持ちだな、と思いました。

様々な作品と、様々な賞をもらっているので、実力があるお方なのだと、推測できます。

他の作品も読んでみたいですね。

では、この本を出版した会社『筑摩書房』さんについて、簡単な解説をしてみたいと思います。

この本を出版した会社『筑摩書房』さんについて

この本の最後の方のページで、筑摩書房さんの本がズラリと紹介されています。

どれもユニークで、一度は見てみたいと思わせてくれるような本ばかりです。

センスがいい会社だな、と思います。

ホームページも読みやすくて、充実している感じがします。

本棚みたいなところがあって、とても見やすく、ユニークでもあります。

個人的には、とても気に入っている出版社さんで、違う本も今度手に取ってみたいなあ、と思いました。

それでは、まとめに入っていきたいと思います。

おわりに

この本を読んでみて、小説も捨てたもんじゃないなあ、と思わせてくれました。

とてもいい本でした。

柴崎友香さんというお気に入りの小説家と、お気に入りの出版社(筑摩書房さん)を見つけられたので、大満足しています。

詩もいいですけど、小説とか、他にも詩的なものはたくさんありますからね。

そういうものたちも、ぜひ大切にしていきたいな、と思いました。

それでは、わたしはこの辺で。

詩と人生にまつわる探検、これからも進めていけたらな、と思います。

かめれもん★でした(^^ゞ

詩とは、命の業火である。

はじめに

はい、こんにちは。

かめれもん★です(^^ゞ

今回は、またしても、詩とは何かについて考えるわけですが、今まで考察してきた詩とは何かについて、少し頭を整理したい思いもあり、ここに記しておきます。

それでは、詩とは、何か?

わたしなりの見解を伝えておきます。

詩とは、何か?:詩は鮮烈な炎、命の業火である。

詩とは、です。

命の炎です。

しかも、激しく燃え盛るダイナミックな炎です。

詩は、それでいて、冷静で、静かに燃えているようでもあります。

詩の激しさは、リズム(韻律)に表れます。

たとえ、それが静かなリズムであっても、気持ちを抑えて冷静に書かれていれば、それも激しい詩と言えます。

詩は、衝動的とも言えます。

それほどまでに、切羽詰まった緊急性のある文学とも言えるでしょう。

ですから、熱い鉄のように、詩のタネが浮かべば、すぐさま打つ必要があるでしょう。

そして、いい詩には、やさしい雰囲気が漂っています。

あたたかい雰囲気もあります。

もちろん、醜くて、ありきたりの詩もありますが、そのような詩は、花と言えても、お店に飾ることができる詩とは限りません。

真に詩と言えるものは、時代を牽引するものでもあります。

詩は、志高く、人々を導き、それでいて、やさしいさざめきに満ちた詩がいいでしょう。

そのような詩が、現代の小説に立ち向かえる詩となり得ることでしょう。

詩と、小説の違い:自然であるか、人為的であるか。

詩は、自然食品と言うこともできるでしょう。

反対に、小説は、加工食品と言えるでしょう。

詩のように、自然由来のものは、食べていて、美味しいですし、やさしいものでもあります。

一方で、小説は、加工されたものですので、美味しいのは確かですが、身体には悪いかもな、と一瞬頭をよぎるかもしれません。

詩は、人のことを構うことなく、燃え盛る炎です。

それは、自然と咲く野の花と、大差ありません。

そのような花を見ていると、なぜか心が落ち着いて、忘れていた何かを思い出せるような気がしませんか?

詩は、猫とも変わらないかもしれません。

猫を見ていると、なぜか心が落ち着きませんか。

猫の自由奔放さに、あなたも救われていたりしませんか?

小説は、造花と言うこともできるでしょう。

見ていて美しいとも思いますが、どこか味気ない気持ちもします。

真に生きている花と、生命力の差が出てくるからです。

小説は、犬と大差ないかもしれません。

犬は言うことを聞いてくれますが、その犬はあなたの言いなりで嬉しいでしょうか?

犬だって、散歩してたら、どこかへ走り去って、自由になりたいかもしれませんし、一匹で自立して、自分の力で生きていく、そのような自信を欲しているかもしれません。

詩は、小説に劣っているように見えますか。

詩は、いつも、自由です。

そして、いつも、自分らしく輝いているのです。

小説は、いつも、何かに属しています。

人間が人間に、属しています。

寄り掛かり合って、いつでも、倒れてしまいそうなくらい、生命力に欠けている、とも言い換えることはできませんか?

小説は、消費されるものであり、長く心に、あたたかく残る火花とは言い難い。

そう言い換えることは、できませんか?

わたしは、詩の方が、命のさざめきを感じられます。

詩を読むと、生きている心地がします。

そのようなものが、簡単に分かるはずがありません。

真に詩と呼べるものは、限りなく、愛に近いのですから。

それでは、まとめです。

おわりに

詩は、一概にこうと呼ぶことはできないでしょう。

なぜなら、愛の質と量があまりにも大きいからです。

ですから、富士山が一望できそうな山の麓で、皆さ迷っています。

富士山は、高くて雲に隠れているけど、皆山頂を夢見ています。

たとえ、いい小説と呼べるものがあったとしても、その小説は、山の麓で繁盛している団子屋さんと、大差ないでしょう。

詩の片鱗を見ることはできても、すぐさま人間社会に目を向けてしまう。

詩が秘めている、人間の愛の潜在能力に、気づかないままで、生きていくことになるかもしれません。

真に詩と呼べるものは、言葉の力によって、富士山の山頂に登れた!と錯覚を起こすほどの、テクニックと、詩を愛する心からなると、わたしは信じています。

それでは、今回は、この辺にしておきます。

わたしが書いた詩関連の記事は、下に載せておきますので、ぜひよかったらご覧ください!

かめれもん★でした~(^_^)/~