自動筆記とは? 詩作との関係と健康なやり方に迫る!

はじめに

はい、こんにちは。かめれもん★です(^^ゞ

「自動筆記って、結局のところよく分からないなあ」

「自動筆記と詩作との関係って、あるの?」

「自動筆記の健康でできれば安全のやり方を知りたい」

これらのようなことをお考えの方たちにおすすめの記事となっております。

自動筆記に関する個人的考察です。

目次は、以下のようになっています↓

自動筆記とは?

自動筆記と詩作との共通点とは?

自動筆記を健康に安全に行うための3つの方法

その1:心の奥の繊細な動きをキャッチし書く

その2:素早く書く

その3:言葉の意味をジャッジしない

目次

僕は、自動筆記はやったことないんですが、詩作は行なっています。

詩作って、なんとなく自動筆記に似てないですか(似てない?)。

参考になる情報が1つでもあれば、幸いです。

それでは、始めていきましょう。

自動筆記とは?

自動筆記とは、自然と文章がスラスラと紙に書ける状態のことを言います。

なぜ、そんなことができるかというと、近くにいるなにかに耳を澄まし、書いていく、つまり、本人というフィルターを通して、文章がアウトプットされるからです。

例えば、後で記しますが、詩を書く作業というのもほぼ自動筆記でないと出てこないと思います。

それから、衝動的に話すだったり、体が動く、例外もありますが、これらアウトプットも、自動筆記とそれほど大差はないと考えます。

自動筆記とは、詩作と同じようなものと捉えれば、なにか親しみが湧くような気がしますね。

自動筆記と詩作との共通点とは?

さて、自動筆記と詩作との共通点を探してみると、おそらく頭で考えていないということです。

自動筆記はよくスピリチュアルと関連付けられますし、詩作もスピリチュアルと似たようなものだと思われるからです。

例えば、詩は神聖なイメージがすると思われる方もいるかもしれませんが、それは詩自体がスピリチュアルな波動を放っているからだと思われます。

それから、自動筆記も詩作も、なにか、あるいはなにものかによって書かされるというのは、似たところがあると思います。

誰だったか、昔、詩作に関して、そのようなこと、書いているのではなく書かされていると言った方はいたと思うし(たぶんギリシャ系の人)、谷川俊太郎さんも、突然詩を書きたい衝動に襲われるといったことは述べています。

そのことに関しては、以下の本、『詩を書く』谷川俊太郎著(1078円)を参考にさせていただきました↓

いずれにしても、自動筆記と詩作は関係あるってことです!

自動筆記を健康に安全に行うための3つの方法

その1:心の奥の繊細な動きをキャッチし書く

よく見えない存在というのは、僕たちの思考やインスピレーションからメッセージを伝えてくれると言います。

根拠を挙げてみなさいと言われたら、どちらかというとないです。

しかし、最近の僕はそれを信じていますし、信じることによって運が切り開かれているという実感はあります。

さて、話が少し脱線しましたが、心の奥の繊細な動きをキャッチして書くためには、普段から直感でパッパッパッと動いていくことが大切です。

なんとなくいいと思ったら、なるべくローリスクで選択、あるいは買い物するといいと思います。

あとは、瞑想、ヨガ、マインドフルネス。

これらの内どれかを選んで実践するのもいいと思います。

きっと、あなたの人生を豊かにするはずです。

その2:素早く書く

なぜ、素早く書くかというと、あまり深く考えないようにするためです。

直感もあまり深く考えないから、素早く動けるのです。

コツといえば、考えるよりも先に書くという感じで、目を薄めにして書くというのも1つの方法かもしれませんし、素早く、エネルギッシュに書いていく、というのも大切かもしれません。

なんだか、根性論になってすみません(笑)。

その3:言葉の意味をジャッジしない

言葉の意味をいちいち考えてたら先に進めません。

静なる心で、心を込めて、内なる感覚や意志を携えて、情熱的に書くというのも1つの方法かもしれません。

あと言葉の意味は、書き終わってから考えましょう。

そこにあなたに関わる無意識の情報が表れている可能性もあります。

少し、言葉多めにして精神論ごまかしました。またまたすいません。

ただ言い訳になってるとは思いますが、そういう不思議なことっていうのは、あんまり深入りしない方がいいのです。

齋藤一人さんというものすごくタメになる精神論を発信している方の言葉です。

僕も、そうだなと思いますし、不思議なことって深入りしない方が楽しいと思うんですよね。

想像するのとか、楽しいじゃないですか!

てなわけで、今回の記事は、意図せず自動筆記みたいに脱線しまくりですが、これにて終了とします。

おわりに

はい。いかがだったでしょうか。

今回の記事は、以下のようなことについて、触れてきました↓

自動筆記とは?

→自然と文章がスラスラと紙に書ける状態

自動筆記と詩作との共通点とは?

→頭であまり考えていない

自動筆記を健康に安全に行うための3つの方法

その1:心の奥の繊細な動きをキャッチし書く

その2:素早く書く

その3:言葉の意味をジャッジしない

自動筆記、詩の基本。

自動筆記と詩って似てるなあ、というところから、この記事を書き始めました。

まあ、たしかに、この記事を書いて関係していると思いました。

あとは、不思議なことにのめり込みすぎず、それこそ聖なる心で向き合っていきたいところですね。

~★~★~★~

それでは、僕はこの辺で。

このブログでは、詩関連、スピリチュアル(精神関連)、HSP関連、人生に心からのよろこびを、をモットーに発信活動を続けています。

ここまで読んでいただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m

かめれもん★でした(^^ゞ

情報疲れには、詩が有効? 3つの対処法も!

はじめに

はい、こんにちは。かめれもん★です(^^ゞ

「情報疲れで、シンドい」

「質の高い情報を受け取って、疲れを緩和したい」

これらのようなことをお考えの方たちに、おすすめの記事となっております。

情報疲れに有効な詩のことについて、それから質の高い情報に言及した後、3つの対処法について述べていきますので、ぜひ最後までご覧くださいm(_ _)m

目次は、以下の通りです↓

情報疲れに詩が有効な理由

情報疲れへの3つの対処法

その1:ネットの文字を追うより、まずYouTubeで情報収集

その2:自然由来のものを取り入れる

その3:質の高いテレビ番組を見る

目次

僕は、ちょっと前までは、ネット検索をものすごいしてました。

頭の容量が少ないのにも関わらず、ものすごいネット検索をして疲れていました。

その経験から、皆さんに、何かしら有益な情報をお届けすることができれば、と思っています。

それでは、始めていきましょう。

情報疲れに詩が有効な理由

情報には、一定の質の高さが必要だと、僕は思っています。

なぜなら、質の低い情報が押し寄せることは、雑念が頭の中に増していくことと同じだからです。

詩だけ、とは言いませんが、その他の芸術、自然的なもの、心が乱されることが少ない情報は、脳への負担を減らすと思います。

これに対し、質の低い情報、例えばネット、SNS、テレビのニュースを見ていると心が落ち着くという方は、ぜひそうしてください。

しかし、それで落ち着く人というのもまた、少ないのではないか、と思います。

情報疲れを起こさないために、質の高い情報をインプットしましょう。

以下、情報疲れへの3つの対処法を述べますが、さすがに詩を読め、というのは頭が疲れるとお考えになると思われますので、詩以外の3つの対処法を紹介します。

情報疲れに詩が有効というのは、発信者にとって心得ておくことであり、受け手がそれほど考えることではないですからね。

情報疲れへの3つの対処法

では、さっそく行ってみましょう。

その1:ネットの文字を追うより、まずYouTubeで情報収集

ネットの文字を追う前にYouTubeで情報収集することによって、情報がやさしくインプットされると思います。

動画は情報量が多く、かつ、わかりやすく、発信者の人柄を見て情報を受け取るかどうか判断することができます。

Fire TVで見てもいいし、タブレットでも、スマホとかでもいいと思います。

自分がリラックスして見れる媒体を選択すれば、情報もそれほど負担にならず、インプットされる、と思います。

その2:自然由来のものを取り入れる

自然由来のものを取り入れることによって、脳内の騒がしさが沈静化されます。

具体的な策としては、空を見る、自然音(雨の音など)を聴く、あるいはお香やアロマをセッティングするのもいいと思います。

あなたの疲れ切った脳を休ませる糧としましょう。

その3:質の高いテレビ番組を見る

テレビを見る方は、今でも非常に多いと思います。

ニュースや一般のバラエティ番組に意識を向けるのではなく、質の高い番組群を選択してみるのはいかがでしょうか。

例えば、NHKオンデマンドはいかがでしょうか。

プライムビデオを見ている方なら、チャンネルで、月額1000円弱ほどで、様々なNHKの良質なテレビ番組が見放題です。

それでなくても、NHKの番組は、意外と面白い番組が多いですよ。

僕だったら、「プロフェッショナル仕事の流儀」とか「スイッチインタビュー」を見たりします。

あと、メジャーな人に受け入れられるというよりは、社会的弱者、あるいはマイナーと呼ばれる人たちにとって、心動かされたり、安心感を覚えたりする作品がいっぱいあります。

ぜひ、参考にしてみてください。

それでは、今回の記事をまとめたい、と思います。

おわりに

はい。いかがだったでしょうか。

今回の記事は、以下のようなことについて、触れてきました↓

情報疲れに詩が有効な理由

→雑念ではなく、沈黙の情報に近いから。

情報疲れへの3つの対処法

その1:ネットの文字を追うより、まずYouTubeで情報収集

その2:自然由来のものを取り入れる

→空、自然音、アロマ等

その3:質の高いテレビ番組を見る

→NHKの番組観賞

ネットやSNS、ニュースといった情報を減らそうとするよりも、詩のような良質な情報を少しずつ手に入れるようにすれば、その方がいいな、という気づきが生まれることになり、質の低い情報を取り入れる頻度が少しずつ減るのではないか、と思います。

今回紹介した3つの情報、ぜひともお試しあれ!

~★~★~★~

それでは、僕はこの辺で。

このブログでは、詩関連、スピリチュアル(精神関連)、HSP関連、人生に心からのよろこびを、をモットーに発信活動を続けております。

ここまで読んでいただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m

かめれもん★でした(^^ゞ

詩の行についての3つの考察

はじめに

はい、こんにちは。かめれもん★です(^^ゞ

「詩って、どんなものなのか」

「詩の行って、どんな意味がある?」

これらのようなことをお考えの方たちに、おすすめの記事となっております。

詩の行についての単なる考察ですが、今まで詩を研究してきた礎を基に、紐解いていきたいと思います。

目次は、以下の3つになります↓

詩の行についての3つの考察

その1:詩の行とは、何か。

その2:詩の行の数には、どんな意味がある?

その3:詩の行の効果とは

目次

僕は、先ほども述べたように、詩関連の記事は50記事以上書いてきました。

詩の行に対する何らかの気づきが、この記事で見つかれば幸いです。

それでは、始めていきましょう。

その1:詩の行とは、何か。

詩の行とは、詩の段であり、強調や余韻を漂わすために必要なのではないか、と思います。

強調とは、詩の行の一段を、集中してみてもらう効果があると思います。

詩は、集中して、能動的に読むからこそ、美しい音楽が流れ出すという側面があると思います。

そのため、強調することによって、リズムや音の響き、はたまた流れが音楽のように聴くことも可能です。

余韻とは、文を切り分けることで生まれ、行終わりでスパッと切れる想像力を育む効果があると思います。

想像力は、読み手に解釈を託し、想像させるので、疲れにくいという側面があります。

疲れにくいとは、例えば、小説で考えてみると、物語に振り回されたり、情緒が不安定になることが少なくなると思います。

詩だと、想像力を活かすことが多いので、詩に左右されるのではなく、自分が情緒や味わいをコントロールすることが可能です。

想像力によって、詩のイメージが膨らんでいきます。

行の切り替わりによって、強調と、余韻が漂い、言葉の品を維持することが可能だと思います。

次に、詩の行の数には、どんな意味があるかについて述べたいと思います。

その2:詩の行の数には、どんな意味がある?

詩はそもそも、ある一定の切なる感情を、一定のスペースに書き出すということだと思います。

そのために、シルクハットの中にある国旗を1つずつ取り出していく働きがあると思います。

行の数は、詩の切なる感情の規模であり、リズム感のある流れを表現するのに必要なものではないか、と思います。

その3:詩の行の効果とは

詩の行の効果は、強調と余韻。

そこにもう1つ何かひとこと付け加えるとすれば、次元の移動なのではないか、と思います。

つまり、とりあえず1行書いて、次の行に移るとき、瞑想状態で、考えを飛躍させるステップというか、リズムなのだと思います。

創作物は、よく自分で書いたと思う方は多いと思いますが、実際は違う面もあるのではないか、と思います。

僕は、詩とか文章を書いたときに、後から見返して、こんな文章書いたのかよ、と自分で自分に驚いています(笑)。

なので、創作物というのは、決して1人で作っているわけではありません。

多くのインプットする材料があり、決して、独りよがりで作っては、いい作品は生まれないからです。

皆さんも、なんとなく経験はないでしょうか。

主観的に作られすぎたものは、客観的に見たとき、醜いものになっている可能性があります。

そして、客観的にいいと思われたものも、主観的にはダメだったというケースもあります。

つまり、いい作品は、主観と客観の境目はないに等しく、行ごとに移り変わる次元の変動によって、生きる歓びが生まれるのだと思います。

それでは、今回の記事をまとめたい、と思います。

おわりに

はい。いかがだったでしょうか。

今回の記事は、以下のことについて、触れてきました↓

詩の行についての3つの考察

その1:詩の行とは、何か。

→詩の段であり、強調や余韻を漂わす

その2:詩の行の数には、どんな意味がある?

→切なる感情の規模であり、リズム感が生まれる。

その3:詩の行の効果とは

→次元の移動によって、生命の躍動感があふれる。

詩の行、意外に大切!

詩の行は、切り替えをうまく使うことによって、行自体が作品になる可能性もあります。

その小さな作品が大きな作品を作っていく。

詩の行を今よりも味わい、詩の奥深さを知ってもらうとともに、感覚的に思うこともないがしろにしてほしくはないな、と思います。

~★~★~★~

それでは、僕はこの辺で。

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ここまで読んでいただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m

かめれもん★でした(^^ゞ

【詩論】サクッとまとめ記事

はじめに

はい、こんにちは。かめれもん★です(^^ゞ

「詩論について知りたい」

「詩論に関する情報をネットで手軽に知りたい」

これらのようなことをお考えの方たちに、この記事はおすすめです。

このブログの詩論を、手短に簡潔にまとめています。

目次は、以下の3つになります。

・詩論その1:詩とは、命の業火である。

・詩論その2:詩情とは?

・詩論その3:詩と小説の違いとは?

目次

僕は、今まで詩関連の記事を50記事くらい(2021年2月8日時点)書いてきました。

なので、少々説得力のある記事をお届けすることが可能だと思います。

もしよければ、参考にしてもらえると、うれしく思います。

それでは、始めていきましょう。

詩論その1:詩とは、命の業火である。

詩とは、命の業火であり、作者が心からの生きる歓びを歌い上げ、読者とともに浄化される営み、と言えます。

なぜなら、詩は、多面的な意味の重なりがあり、やさしさに満ち、その光で帰るべき場所に滞在することが可能だからです。

例えば、詩は何度も読むと複数の意味があることが確認されます。

詩は、説明文や散文ではない、という証拠です。

そして、詩は愛に満ち、やさしいと感じることはないでしょうか。

癒される、ということは、やさしい、ということです。

帰るべき場所とはなんだ、と思う方もいるかもしれませんが、それは心の拠り所であり、芸術に通じるものがある、と僕は思っています。

詩は、このように、作者のエッセンスがふんだんに盛り込まれ、言葉の宝石箱と言われるわけもよくわかります。

それでは、次に、詩情について、少し說明しましょう。

詩論その2:詩情とは?

詩情とは、言葉や情報の先にある情緒や愛のことを指します。

なぜなら、詩情とは、詩の言葉ではなく、その先にある目に見えない大切なものだからです。

例えばそれは、スポーツ選手の輝きに見ることもありますし、他の芸術作品に見ることもあります。

それから、この地球に数多ある自然にも見出すことが可能です。

詩における詩情がなぜ大切かというと、詩に表れている言葉が詩ではなく、作者がどのような想いで、精神の高さで詩を書いたのかが、重要だからです。

詩情とは、詩の言葉の先にある目に見えないもの、大切なもの、と言うことができます。

最後に、詩と小説に違いについて言及します。

詩論その3:詩と小説の違いとは?

詩と小説の違いは、簡単に言うと、芸術的か、エンタメ的か、ということが言えそうです。

なぜなら、詩は、文学の原点的な書き方で表現するのに対し、小説は、きっちり構成などを決め、読者に伝わりやすいことを第一にするからです。

例えば、詩は、能動的に読むから、得られる楽しさややさしさがあります。

一方で、小説は、受動的に読むため、読解力は落ち、真の教養を得ることはむずかしい、と言えます。

詩じゃなくて、小説でもいいんじゃないか、と思う人がいると思います。

しかし、詩は文学の根本である詩情を多く含ませることができる書き方だ、と僕は思っています。

なので、小説に多分に詩情が含まれているなら、それでいいと思います。

詩は、文学の法とも言えると思っています。

つまり、詩は文学の基礎だと思うので、それをおろそかにする人は、ほんとうに文学を愛しているか、と僕は問いたいのです。

詩は、芸術的で、小説は、エンタメ的。

つまり、詩は、詩情を多く含んでおり、世界に大切なものここに在り、と意見表明することが可能だ、と僕は思うのです。

それでは、この記事をまとめたい、と思います。

おわりに

はい。いかがだったでしょうか。

この記事は、以下のようなことについて、述べてきました↓

・詩論その1:詩とは、命の業火である。

→詩には、様々な魅力がある。

・詩論その2:詩情とは?

→言葉の先にある大切なもの

・詩論その3:詩と小説の違いとは?

→詩は芸術的で、小説はエンタメ的。

詩は、奥が深い・・・。

詩は、とても奥が深いものです。

しかし、基礎的なものや、一定の法則のようなものはあると思います。

この記事で、詩に対する新たな情報を得てくださったのであれば、僕としては、この上ない歓びです。

~★~★~★~

それでは、僕はこの辺で。

このブログでは、詩関連の記事、スピリチュアル(精神関係)の記事、HSP等、人生に心からのよろこびを、をモットーに発信活動を続けております。

ここまで読んでいただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m

かめれもん★でした(^^ゞ

【断言】詩の種類を考えるのは、無駄です。

はじめに

はい、こんにちは。かめれもん★です(^^ゞ

「詩の種類、覚えるの大変だなあ」

「詩の種類って、どんなものがあるの?」

「詩のことについて、もっと知りたい」

そんな方に、この記事はおすすめです。

詩の種類について、僕なりの見解を述べた記事です。

目次は、以下の3つとなります。

・詩の種類を考えているとき、楽しいですか。

・詩の種類は、詩人の数

・型に縛られない2つの詩の読み方

目次

僕は、ここで詩の種類を挙げるのも、ありだと思いました。

しかし、詩のことを研究し、詩の本質的なところを見つめている僕からすると、詩の種類を論理的に把握することは、詩にとっていいことなのだろうか、という疑問からこの記事を書きたいと思います。

この記事で、それはおかしい!と異議を唱える方もいるかもしれないですが、僕の個人的な意見なので、それほど気にしなくても大丈夫です。

それでは、始めてまいりたいと思います。

詩の種類を考えているとき、楽しいですか。

詩の種類って、学校で習いますよね。

口語とか文語とか、定型詩とか散文詩とか。

でも、あえて僕はこれに申したいことがあります。

それは、詩の種類を考えて、詩のことを考えているとき、楽しいですか? という疑問です。

どうなのでしょう、そこのところ。

僕は楽しくない、と思います。

なぜなら、詩は型式に縛られるものではない、と思うからです。

例えば、詩の種類を考えるとき、僕たちは、学問的、もっと言えば勉強的に考えているような気がします。つまり、覚えなければならないこととして考えている。

しかし、ここで僕は言いたい。

詩は学問とか、覚えるのは義務とかじゃなくて、娯楽で、覚えることはむしろ楽しいことではないのか、と言いたいのです。

つまり、詩を種類として分かろうとすることは、詩の自由さ、面白さを認識できていないのではないか、ということです。

では、次に、僕が考える詩の種類って、なんなんですか?ということについて、回答したいと思います。

詩の種類は、詩人の数

詩の種類って、基本的に詩人の数だけあると思っています。

なぜか。

詩は、その人の心の底にある魂的なものが表面化したものと言えるからです。

つまり、詩の種類は、詩人の数だけある、ということになります。

詩の種類として学問的に考えるときは、口語とか、文語とかに分けて考えた方がわかりやすい面はあります。

しかし、詩は娯楽である、と僕は考えますので、詩は詩人の数だけオリジナリティがある、と思っています。

実際、詩の種類を述べようと思うと、多岐にわたると思います。

詩を学問的に分類しようとすると、詩はその型の中に収まりきらない不思議さ、分からなさ、魅力があると思うのです。

それでは、僕が考える型に縛られない詩の味わい方について、少し述べていきましょう。

型に縛られない2つの詩の読み方

その1:論理的にではなく、感覚的に読む

僕たちが詩の種類を考えて詩と接するとき、詩は難解で複雑で面倒なものという認識になってしまいます。

なので、詩は最低2回読むといいと思います。

もちろん向いていない詩集とか、詩は何回も読まなくていいです。

あくまで、向いている詩集や詩を繰り返し読んでみてください。

そうすることによって、詩は何層にも意味が重なっていますので、新たな詩の発見というものがあると思います。

その2:詩人単位で、詩を読む

これは、詩の種類は、詩人の数と述べたように、1人の詩人のオリジナリティをトコトン味わう方法です。

1人の詩人のオリジナリティを、複数見ることによって、その詩人の魅力・深さ・愛着度合いも違ってくると思います。

なので、気になった詩人等いるなら、その詩人の作品をななめ読みするといいと思います。

それでは、まとめです。

おわりに

はい。いかがだったでしょうか。

今回の記事で僕が述べたのは、以下の3つです。

・詩の種類を考えているとき、楽しいですか。

・詩の種類は、詩人の数

・型に縛られない2つの詩の読み方

詩はもっと、自由だ!

詩は学校で習うとき、どうしてもその形式とかで覚える必要もあると思います。

なので、そのときはぜひ普通に覚えてください(笑)。

ほんとうは違うんだけどな、もっと詩は自由で楽しいんだけどな、と思っておくのも1つの考え方です。

もちろん、強要とかではないので、ご安心いただければ、と思います。

~★~★~★~

それでは、僕はこの辺で。

このブログでは、詩関連の記事、スピリチュアル(精神関係)の記事、人生に心からのよろこびを、をモットーに発信活動を続けております。

ここまで読んでいただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m

かめれもん★でした(^^ゞ

詩と小説の違い~シンプルに深く考察~

はじめに

はい、こんにちは。かめれもん★です(^_^ゞ

「詩と小説の違いって、なんだろう?」

「そもそも詩って、どんなものなのか」

「詩と小説の違いを、わかりやすく詳しく知りたい」

そんな方に、この記事はおすすめです。

詩と小説の違いを、3つの視点からわかりやすく深く考察できるよう努めました。

目次は、以下の3つになります。

詩と小説の違いその1:芸術か、エンタメか。

詩と小説の違いその2:音楽か、説明か。

詩と小説の違いその3:例えるなら、詩は猫、小説は犬。

僕は、詩と小説を今まで何冊か読んできた中で、違いもなんとなく分かるようになってきました。

普段、詩のことを個人的に研究しているので、その知見も少し紹介できると思います。

それでは、始めてまいりたいと思います。

詩と小説の違いその1:芸術か、エンタメか。

詩は、文学の中においても、芸術性は高い、と僕は考えています。

一方で、小説は、芸術性が高いものもありますが、エンタメのように軽めで、中身が薄い小説もあるような気がします。僕の主観ですが・・・。

ですので、小説の芸術性がアップすると、それは詩のような小説になっていくのではないか、と思います。

村上春樹さんは、その領域かもしれませんね。

詩と小説の違いその2:音楽か、説明か。

詩は韻文と呼ばれ、文学というよりも、音楽性があります。

ですので、何回か詩に親しむと、この詩はリズムや抑揚があって、音程もいい、と分かるようになります。

詩を読み、楽しむためには、ある程度の冊数を読む、もしくは名詩に触れてみることが大切です。

そうすることによって、理解できる奥深さがあるように思います。

一方で、小説はというと、少々説明的で、余韻や味わい深さがないように思います。

どちらかというと、ストーリーを読んでもう1回読もうという感じにはならないような気がします。

ほんものの詩のような作品であるなら、何度読み込んでも味わい深いものがあるような気がします。

詩と小説の違いその3:例えるなら、詩は猫、小説は犬。

これはちょっと変な例え話なのですが、詩は自由ということが言いたいのです。

猫は、自由気ままで、こっちの愛情も知らんぷり、もしくは無視する形もあると思います。しかし、愛おしい・・・。

一方で、小説はというと、犬のように読者に忠実な側面があります。

ですので、読者は受動的に作品を消費する形になると思います。

ここで、一部の方は、それでいいじゃないか、と思うかもしれませんが、ほんらい能動的に作品と関わっていく方が楽しい、という場合もあります。

例えば、詩のように難しくてなかなか解けないパズルがあったとしますね。

それを何日もかけて苦闘してやっと解けたら、ものすごく面白いですよね?

けれど、すぐ解けるパズルをいくつ解いても面白いわけではありません。

テレビでよくクイズ番組があって、頭の賢い解答者が正解してヤッターというシーンがありますよね。

ですから、難しい問題を解けた方が、やりがい(読み応え)もあるし、周りへの影響力も高くなるのです。

詩は読んですぐ何かあるわけではありませんが、人々の根本的な魅力を長期的に改善していく力がある、と僕はそう実感しています。

それでは、まとめです。

おわりに

はい。いかがだったでしょうか。

今回紹介した大まかな内容は、以下の通りでしたね。

詩と小説の違いその1:芸術か、エンタメか。

詩と小説の違いその2:音楽か、説明か。

詩と小説の違いその3:例えるなら、詩は猫、小説は犬。

詩と小説は、対照的と言うことができるかもしれませんね。

個人的見解を述べるとすると、詩は文学の根本を担っているような気がします。

ですので、小説を書くなら、詩の奥深さも分かっていた方が、いい作品を書けるのではないか、と思います。

~★~★~★~

それでは、僕はこの辺で。

このブログでは、詩関係の記事、スピリチュアル(精神関係)の記事、人生に心からのよろこびを、をモットーに発信活動を続けております。

ここまで読んでいただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m

かめれもん★でした(^^ゞ

韻文と散文の違いを、シンプル解説。 ~韻文の良さを知ろう~

はじめに

はい、こんにちは。かめれもん★です(^^ゞ

今回は、韻文と散文の違いについて、述べていきたいと思います。

韻文の良さにも、注目していこうと思います。

この記事の構成は、まず、韻文と散文の違いを、シンプルに述べていこうと思います。そして、散文的になると、どうなるの?ということについて、韻文の良さについて、言及していこうと思います。

それでは、始めてまいります。

韻文と散文の違い~シンプル解説~

まず、散文ですが、これは力を抜いてさらさら書かれたような文章と言えると思います。

つまり、心はほどほどに込もっています。

多くの人に親しみのある文章の形式と言ってもよいと思います。

フィクションよりも、ノンフィクションに向いているとも言えるかもしれませんね。

続いて、韻文ですが、すべての言葉に心が込もり、力も込もっている作品が多いと思います。

これは圧倒される形で感じられる、と思います。

逆に力が込もっていなくても、魂が込もっている作品はあります。

これはしっとり心に沁み込むような韻文になります。

そして、リズムや音の流れがきれいで音楽性のある文章とも言えるかもしれません。

つまり、散文は長距離走や、長めの文章に向いていると言えそうです。

一方で、韻文は短距離走のようなもので、爆発的で情熱的な踊りのようなものを言うと思います。

続いて、散文的になるとどうなるのか、について話していこうと思います。

散文的になると、どうなるの?

散文的になると、味気がなかったり、真剣に読むには物足りないところがあるように感じます。

なぜなら、心が込もっていないので、言葉に深みがないからです。

多くの人たちは、散文的に書いた方が書きやすいと思われるかもしれませんが、それでは読み手に、ほんとうの教養というか、味わい深さは与えられないと思います。

それに、書いている方も楽しくないと思います。

韻文を書いている方が、作品を創っている感じで、楽しめると思います。

例えば、散文的な人がいたとして、その方は普通の一般人のようなものです。一方、韻文となると、個性的で特殊かつかけがえのない人になり得ると思います。

最後に、韻文の良さについて、言及していこうと思います。

韻文の良さとは?

韻文の良さといえば、読んだ人に豊かな人間性を育めるという点だと思います。

なぜかというと、本来人は詩的な生き物とわたしは考えるからです。

だから、韻文のような人間本来の生き方に沿ったエネルギーを、詩などでもう一度思い出すことによって、人は改めて、自分の良さに気づいたり、生きようというエネルギーを知らず知らずに蓄えることができると思うのです。

韻文というのは、読めば読むほど、人の人間性を育み、やがてそれがその人のアイデンティティとして、人に知られていくようになるのです。

韻文の良さというのは、一見気づきにくいものです。

しかし、わたしのような詩を愛する人からすれば、それは大切で人が生きていく上で、芸術的な響きを持つ形式なのです。

それでは、まとめていきます。

おわりに

いかがでしたでしょうか。

韻文と散文の違いは簡単に言うと、短距離走に向いているか、長距離走に向いているかの違いです。

だから、どちらにも長所があるのです。

しかし、現代は散文的なものが多いと思います。

長距離走や短距離走があって、陸上も活気があるように、散文だけでなく、韻文も楽しいものです。

書いている人も、読む人も、どちらもより豊かにしていける可能性を持っているのは、韻文だと思います。

だから、世間にもっと、散文の良さが伝わればいいなあ、と思います。

それでは、わたしはこの辺で。

他に詩論や、人生をより豊かにする記事を書いていますので、よかったらチェックしてもらえると嬉しいです。

ここまで読んでいただいた方々、どうもありがとう~(^_^)/~

かめれもん★でした(^^ゞ

詩とリズムの関係について~詩は広い海のような音楽~

はじめに

はい、こんにちは!

かめれもん★です(^^ゞ

今回は、詩とリズムの関係について、解説していきたいと思います。

詩は、韻文とも呼ばれ、たしかにリズムが関係してそうですね。

この記事では、詩とリズムの関係詩におけるリズムの重要性詩におけるリズム感を養う方法について、解説していきますので、何かヒントになったら幸いです。

それでは、始めていきます!

詩とリズムの関係について

まず、詩とリズムの関係は、こう言えます。

人の命のダイナミックな運動(リズム)を、言葉という形で直訳されたものが、詩と言えると思います。

それは生命力の表れとも言えると思うし、勇気や希望に満ちたものや、陰極まって陽生ずと、詩の中で展開していくものかもしれません。

言葉は一番、生命力(リズム)に近いところに存在しているのです。

詩は、いい詩であれば、少なくとも、気分が悪くなることは、ないと考えています。

気持ちのいいリズムで描かれた詩は、人々にとって、心地のいい音色を、奏でてくれると思います。

それでは、詩におけるリズムの重要性ってどうなの?というところを、解説していきたいと思います。

詩におけるリズムの重要性について

詩にリズムがないと、散文っぽくなるかもしれません。

しかし、世の中には、散文詩というものもありますので、意識して配置された文と言葉なら、問題ないのかもしれません。

問題なのは、適当に放られるような形で、リズムがあまり感じられない詩のことです。

そうなると、機械的に、人工的になって、心が込もっていないように感じられると思います。

リズムがあれば、生命力や命のダイナミックな動きというものが、感じられるので、圧倒されたり、共感する部分も多いと思います。

つまり、心が込もっているように感じられる。

詩は、その点において、最も心を込めることができる形態、その人の愛(命)のフィルター越しに表れた芸術作品と言えると思います。

それでは次に、詩におけるリズム感を養うには、どうしたらいいの?というところを解説していきたいと思います。

詩におけるリズム感を養う方法

わたしは、詩を書いていて、ある信頼できる人から、リズム感がいいと言われたことがあります。

それは、自由律俳句をものすごくたくさん書いたからとも言えると思うし、J-POPなどの歌に興味があったからだと思っています。

つまり、詩以外の歌で、リズム感を養ってきたと言えます。

ここでは、自由律俳句に言及はしませんが、J=POPを聴くとき、わたしは、歌詞と音楽(つまりリズムとの関係)に常に着目してきました。

例えば、音楽を聴いて、鼻歌を歌ったり、身体や手を動かして、感覚的に、リズムを覚えていた、という記憶があります。

歌詞は、詩に比べて、言葉の力はやや弱まります。

それを、音楽で補っていると言えると思います。

J-POPの歌詞と音楽(リズム)を同時に意識しながら、聴くことによって、リズム感が養われると思いますので、皆さんも時間があれば、手や身体を動かしながら、J=POPの歌詞とリズムを体感してみるといいかもしれませんよ。

それには、音楽好きであることが、重要になってくるわけですが・・・。

もちろん、一行詩や自由律俳句からも、リズム感は養われると思いますので、ぜひお試しください!

それでは、まとめです(^^ゞ

おわりに

詩とリズムの関係は、リズム(命)が言葉の格好をしているということです。

心を込めて書かれた詩は、自然とリズミカルになっていると思います。

つまり、詩を書くにあたって、大事なのは一生懸命書くことなのです。

若松英輔さんも言っていたかもしれません。

『詩を書くってどんなこと:こころの声を言葉にする』(1540円↓)

詩のリズム感を養う方法に、J-POPを聴く方法、一行詩から始めてみるがあります。

ぜひお試しを・・・。

というわけで、詩とリズムの関係についての記事を終わります。

うまく書けたかどうか分かりませんが、ご容赦くださいませ。

それでは、かめれもん★でした(^^ゞ

ここまで読んでくださった方々、どうもありがとう~(^_^)/~