詩と詞の違いって、なんだろう? シンプルに深く考察

はじめに

はい、こんにちは。

かめれもん★です(^^ゞ

今回は、詩と詞の違いについて、シンプルかつ深く考察していこうと思います。

まず、詩と詞の大まかな違いについて解説し、その後、わたし個人がそれぞれの意味について、深く、考察していきたいと思います。

それでは、始めていきましょう!

詩と詞の違い~大まかにシンプル解説~

まず、詩とはなんでしょうか?

詩とは、言葉自体にすでに、音楽性が漂っています

つまり、言葉単体で、音楽と呼ぶこともできるのです。

一方で、詞は、音楽に言葉が添えられる、という感じです。

音楽が主体で、言葉はどちらかというと、アシスタントのような役割を果たすと思います。

したがって、詩は、言葉自体に込もっているエネルギーが、詞の言葉よりも大きいと言える、と思います。

それでは、詞の意味について、わたし個人の考察を施していきたいと思います。

詞の意味を深堀り!

音楽に言葉が添えられることによって、言葉が持つ才能を最大限に引き出されていると見えます。

つまり、詞は、音楽との調和性が重視されるということです。

お互いに関わっている者同士、どちらか一方だけの力では、その能力をいかんなく発揮することはできません

J-POPの歌詞を、よく聴いてみると、音楽は脳の中に結構残るのですが、言葉の意味は、それほど知られていないかもしれません。

あとで、歌詞を目で見て、こんな意味だったんだ、と発見があるかもしれないですね。

それでは、次に、詩の意味について、深堀りしていきましょう。

詩の意味を深堀り!

詩は、言葉自体に、音楽性が漂っていると述べました。

この音楽性は、どのように漂っていくのか。

詩は、作者が描いた詩のリズム、音楽性を、今に集中して、読み進めていく内に、閃光と出会います

この一瞬の閃光、これを味わうことに、詩の存在意義があり、詩でなければ体感できない、と思います。

詞には、音主体の音楽に、エネルギーが宿っていますが、詩には、言葉自体が持つ音や意味やリズムなどの組み合わせによって、また一味違う言葉の音楽世界が存在します。

それでは、2つの言葉の意味の違いを、押さえた上で、ここでは、詩の重要性に比重を置いて、語っていきたいと思います。

おわりに

詞は詩より、言葉の威力が少ない、とわたしは思っています。

なぜなら、音楽は音楽で、歌詞は歌詞で、別々に見せられても、どちらも感動は薄いかもしれません。

しかしながら、詩は、詞と違い、音楽の世界ではなく、特殊な言葉の音楽世界を創っている、と言えると思います。

詞は詞で、いい歌詞があるのは事実です。

しかし、それが詩だとか、ポエムだとか言われると、詩のほんとうの言葉の威力に気づかないまま、人生を終えていく人が増えていってしまう気がしたのです。

だから、わたしは、詞ではなく、詩にも魅力があり、ぜひ、俳句でも、短歌でも、川柳でも、自分に合った詩の型で、豊かな愛のカタチを表現していってもらえると嬉しいな、と思います。

それでは、わたしはこの辺で。

かめれもん★でした(^^ゞ

HSPと人見知りの違い~シンプル解説~

はじめに

はい、こんにちは。

かめれもん★です(^^ゞ

今回は、HSPと人見知りの違いについて、解説していきたいと思います。

HSPと人見知りの大まかな違いから始まり、HSPと人見知りの長所・才能を、両方挙げたいと思います。

それでは、始めていきましょう!

HSPと人見知りの大まかな違い

まず、はじめに、HSPとはなんでしょうか?

HSPは簡潔に言うと、繊細な人です。

そして、人見知りとは、恥ずかしがり屋とも言われますし、初対面の人に苦手意識があることも、挙げられると思います。

それでは、HSP・人見知りともに、長所・いいところを探っていきましょう。

HSPの長所・才能

HSPの長所・才能ということですが、正確に幾つあるとかは言えないと思います。

HSPって、色々長所があるでしょうからね。

例えば、危機察知能力に秀でているというところがあるかもしれませんね。

わたしは、小学校のドッジボールで、かなり逃げるのが得意な人でした。

ある意味、小学校の頃の、唯一の特技だったかもしれません(笑)。

あとは、繊細な感受性でクリエイター向きというところがあるかもしれません。

外からの刺激を、いい意味で受けすぎるので、その結果、たくさんアウトプットができる、もしくはしたくなるかもしれません。

続いて、人見知りの長所・才能を見ていきましょう。

人見知りの長所・才能

人見知りは、一言で言うことは、難しいです。

抽象的で、色々な意味に解釈できるので・・・。

わたしは、HSPと違って、人見知りは、初対面の人と出会って、ある程度回数を重ねると、慣れていくという傾向があるような気がしています。

つまり、初対面の人との距離感を探っていたり、どんな人か見極めようとしているのです。

一方で、HSPがあると、人と出会うことは、何回あっても慣れないと思います。

つまり、HSPは初対面の人と出会って、数回会っても、緊張しっ放し、気疲れもしますが、人見知りは、慣れるとあまり緊張しなくなると思います。

人見知りは、人と出会う傾向が少なくなるので、想像力や、精神的な世界を探検することもあると思います。

つまり、自分を探求できます。

そして、多くの人と出会おうとしないので、少人数の方々と、密な関係を築くというパターンになると思います。

相手の気持ちを考えられる、相手の立場に立てる、共感できるという傾向から、聞き上手、カウンセラーにも向いている可能性があります。

特に、マンツーマンだと力を発揮するかもしれませんね。

それでは、記事をまとめたいと思います。

まとめ:HSP・人見知りともに大切に

HSPは、繊細な人です。

そして、人見知りは、人との距離感が苦手

HSPは、危機察知能力があったり、クリエイター向きであったりする。

人見知りは、想像力や精神的な世界を探検する傾向が生まれるので、抽象的思考ができるようになる可能性もあります。

人間関係は、狭く深く、密な関係を築けると思います。

そして、聞き上手・カウンセラーにも向いていると言えそうです。

あくまで、個人の考えですが、こんな感じだと思います。

1つでも、参考になるところがあれば、幸いです。

この記事以外にも、詩や人生に対する深い考察を心がけているので、よかったら見ていただけると幸いです。

以上、かめれもん★でした(^^ゞ

詩とは、命の業火である。

はじめに

はい、こんにちは。

かめれもん★です(^^ゞ

今回は、またしても、詩とは何かについて考えるわけですが、今まで考察してきた詩とは何かについて、少し頭を整理したい思いもあり、ここに記しておきます。

それでは、詩とは、何か?

わたしなりの見解を伝えておきます。

詩とは、何か?:詩は鮮烈な炎、命の業火である。

詩とは、です。

命の炎です。

しかも、激しく燃え盛るダイナミックな炎です。

詩は、それでいて、冷静で、静かに燃えているようでもあります。

詩の激しさは、リズム(韻律)に表れます。

たとえ、それが静かなリズムであっても、気持ちを抑えて冷静に書かれていれば、それも激しい詩と言えます。

詩は、衝動的とも言えます。

それほどまでに、切羽詰まった緊急性のある文学とも言えるでしょう。

ですから、熱い鉄のように、詩のタネが浮かべば、すぐさま打つ必要があるでしょう。

そして、いい詩には、やさしい雰囲気が漂っています。

あたたかい雰囲気もあります。

もちろん、醜くて、ありきたりの詩もありますが、そのような詩は、花と言えても、お店に飾ることができる詩とは限りません。

真に詩と言えるものは、時代を牽引するものでもあります。

詩は、志高く、人々を導き、それでいて、やさしいさざめきに満ちた詩がいいでしょう。

そのような詩が、現代の小説に立ち向かえる詩となり得ることでしょう。

詩と、小説の違い:自然であるか、人為的であるか。

詩は、自然食品と言うこともできるでしょう。

反対に、小説は、加工食品と言えるでしょう。

詩のように、自然由来のものは、食べていて、美味しいですし、やさしいものでもあります。

一方で、小説は、加工されたものですので、美味しいのは確かですが、身体には悪いかもな、と一瞬頭をよぎるかもしれません。

詩は、人のことを構うことなく、燃え盛る炎です。

それは、自然と咲く野の花と、大差ありません。

そのような花を見ていると、なぜか心が落ち着いて、忘れていた何かを思い出せるような気がしませんか?

詩は、猫とも変わらないかもしれません。

猫を見ていると、なぜか心が落ち着きませんか。

猫の自由奔放さに、あなたも救われていたりしませんか?

小説は、造花と言うこともできるでしょう。

見ていて美しいとも思いますが、どこか味気ない気持ちもします。

真に生きている花と、生命力の差が出てくるからです。

小説は、犬と大差ないかもしれません。

犬は言うことを聞いてくれますが、その犬はあなたの言いなりで嬉しいでしょうか?

犬だって、散歩してたら、どこかへ走り去って、自由になりたいかもしれませんし、一匹で自立して、自分の力で生きていく、そのような自信を欲しているかもしれません。

詩は、小説に劣っているように見えますか。

詩は、いつも、自由です。

そして、いつも、自分らしく輝いているのです。

小説は、いつも、何かに属しています。

人間が人間に、属しています。

寄り掛かり合って、いつでも、倒れてしまいそうなくらい、生命力に欠けている、とも言い換えることはできませんか?

小説は、消費されるものであり、長く心に、あたたかく残る火花とは言い難い。

そう言い換えることは、できませんか?

わたしは、詩の方が、命のさざめきを感じられます。

詩を読むと、生きている心地がします。

そのようなものが、簡単に分かるはずがありません。

真に詩と呼べるものは、限りなく、愛に近いのですから。

それでは、まとめです。

おわりに

詩は、一概にこうと呼ぶことはできないでしょう。

なぜなら、愛の質と量があまりにも大きいからです。

ですから、富士山が一望できそうな山の麓で、皆さ迷っています。

富士山は、高くて雲に隠れているけど、皆山頂を夢見ています。

たとえ、いい小説と呼べるものがあったとしても、その小説は、山の麓で繁盛している団子屋さんと、大差ないでしょう。

詩の片鱗を見ることはできても、すぐさま人間社会に目を向けてしまう。

詩が秘めている、人間の愛の潜在能力に、気づかないままで、生きていくことになるかもしれません。

真に詩と呼べるものは、言葉の力によって、富士山の山頂に登れた!と錯覚を起こすほどの、テクニックと、詩を愛する心からなると、わたしは信じています。

それでは、今回は、この辺にしておきます。

わたしが書いた詩関連の記事は、下に載せておきますので、ぜひよかったらご覧ください!

かめれもん★でした~(^_^)/~